【公家様文書_4(平安時代の)奉書と御教書】古文書学入門(改)

はじめに・・・この古文書学は理屈・・・もとい学術的な学問としての解説です。
何か(実技編)を期待した方にとっては「知りたいのは、この方向じゃない」
かも、しれないことを予め御了承下さい。
なお、大意が不自然でなければ専門用語も、ユルい表現にしてます^^/
参照:佐藤進一著「新版 古文書学入門」



平安時代には様々な書式があったんですが、管理人の脳に入りきらないので割愛。

本文--------------------
    月  日        何某(差出人)
何某(宛名)


で、この書式が多様されるようになり、後世の書状様式を決定します。

念のため、いいですか~『書状』だから月日だけで年はないんですよ~

で、やんごとない身分の方々は自らは書かず、家臣書かせます。
これは単なる代筆ではなく、
家臣が主の意を奉じて、
家臣の名前で書状を書くんだよ~という形をとります。

だから書状本文の終わり(=書き止め)には決まった言葉が必ずつきます。
いろいろあるんだけど、武家様文書で良く見かけるのだと、

依仰執達如件=主人の仰(おお)せに依(よ)ってお取次ぎします。
仰旨如此=仰(おお)せの旨(むね)かくの如(ごと)し

差出人の部分は代筆した家臣の名前を書きます。
多くの場合、差出人の名前の下に「奉」という字を小さく書く___φ(.. ) コチョコチョ・・・
これは「ウケタマワル」と読ませて、主人の意思を「うけたまわる」ことを表す。

つまり主人が直接書かずに、
家臣が主人の意を奉じて出す書状を
総称して奉書と呼ぶ。

平安時代には、特に三位以上の人の奉書を敬して『御教書』と呼んだ。

ということで元々は奉書も御教書も
私文書(書状)の様式の一つとして派生したものなのですが、
律令政治から武家政治へ政治形態が変化する中、公的文書として質的変化が起きます。




まだ平安時代の文書が終わらないil||li _| ̄|○ il||l
あと少しなのだが、読んでも意味が~~(@▽@)オホホホ
パスするか記事にするかは、もう少し読み込んでからにします~~((( ̄ω ̄A;アセアセ
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【公家様文書_3庁宣と大府宣】古文書学入門(改)

はじめに・・・この古文書学は理屈・・・もとい学術的な学問としての解説です。
何か(実技編)を期待した方にとっては「知りたいのは、この方向じゃない」かも、しれないことを予め御了承下さい。
参照:佐藤進一著「新版 古文書学入門」



翻刻版古文書の読み下しが目的で始めた古文書学入門。
その間口は一見普通っぽい気がしたら、奥行きが深く奈良時代まで遡る羽目にヽ(。_゜)ノ アレ?
やっと平安時代まで来ましたの~おほほ

平安時代中期に入ると、国守は在京して任地に赴任しないで代理人を派遣しました。
室町時代の守護と守護代の関係に似てますね(*´pq`)

で、国守の代理人を目代(もくだい)と呼びました。
で、目代の下には実際に実務に携わる長官(在庁官人)がいました。

目代と在庁官人によって構成される国庁を留守所(るすどころ)と呼びます。

でもでも中央から諸国に指示命令を発布するときには、やっぱ現地にはいないけど国守を通さなければならない訳で。
この中央からの指示を国守から在庁官人に宛てて出す文書が『庁宣』です。

これは国守が現地に行かず、在京したままになった事に伴い発生した文書形式です。

さて九州です。
九州には大宰府という統括機関があります。

で、大宰府長官は遠い九州には行かず京都にお住まい~
大宰府長官が在庁官人に出す庁宣を『大府宣』と呼びます。
この大府宣は・・諸国に出される庁宣と、大宰府長官が出す庁宣を、区別するために呼ばれたものです。

ちなみに庁宣を国内に下達施行するには、留守所から下文を出します。


ゆっくりですいません。。。
あちこち手を広げず一つ一つ知識を深めたいと・・・思います。
変わらないのは・・・・超絶マニアック路線,;.:゙:..:;゙:.:: (゚∀゚ゞ)ブハッ!

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【公家様文書_2官宣旨(かんせんじ)】古文書学入門(改)

はじめに・・・この古文書学は理屈・・・もとい学術的な学問としての解説です。
何か(実技編)を期待した方にとっては「知りたいのは、この方向じゃない」かも、しれないことを予め御了承下さい。
参照:佐藤進一著「新版 古文書学入門」


宣旨の発布方法で更に別ルートがありました。



内侍(ないじ)---ここで内侍宣(ないじせん)=文書で伝える⇒女房奉書が派生

職事(しきじ=蔵人頭)---ここで口宣(くぜん)=口頭で伝える⇒口宣案が派生

上卿(政務担当公家・大臣)

内容によって外記局or内記局or弁官

ここから弁官の部下・書記に渡さず、弁官が署名して発布する様式がありました。

この様式を官宣旨(かんせんじ)と呼びます。
書き方が「左(または右)弁官下(くだす)」で始まるので「弁官(べんかんの)下文(くだしふみ)」とも呼ばれていました。

これまでの律令制のもとでは対象によって「符」だの「牒」のと文書をわけたり手続きも煩瑣でしたが、
一律に下文ですませるという簡便さがありました。
そのため次第に官宣旨が広く用いられるようになります。

官宣旨という様式は、「某下す某」と誰が誰に出すか端的に表すという点で、公式令(くしきれい)の規定以外の新様式文書です。
この官宣旨の様式は各所で広く用いられ一般に下文(くだしふみ)と呼ばれました。

例えば
・蔵人所下文
・検非違使下文
・院(上皇)下文
・女院庁下文
などで、さらには公家の家政処理にも用いられました。

摂政・関白はじめ公卿らは、各自家政機関である政所(まんどころ)から下文を出しました。
政所は平安後期になると三位(さんみ)以上の公卿が特権として設けることを許されるようになります。
この公家政所下文の流れを組むのが、鎌倉武士の下文です。

要約すると
宣旨⇒官宣旨(帝の下文)⇒各所(上皇・女院・蔵人所・検非違使庁)下文⇒公家政所下文
という流れで派生し、そこから武家様文書の下文となります^-^

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【公家様文書_1宣旨(せんじ)番外編】古文書学入門(改)

はじめに・・・この古文書学は理屈・・・もとい学術的な学問としての解説です。
何か(実技編)を期待した方にとっては「知りたいのは、この方向じゃない」かも、しれないことを予め御了承下さい。



宣旨と同系統の文書として検非違使(けびいし)別当宣(べっとうせん)がある。
(※手っ取り早く、結論を知りたい方は下記の赤文字部分に飛んで下さい)

つまり朝廷の役所として二大柱が蔵人所と検非違使庁なんです。

まず【別当】というのは検非違使庁の長官です。
【別当宣】とは別当(=長官)の命令を被官が承って宣するもの。

簡単に言うと【検非違使庁長官が出す命令】です^^/

別当宣は勅宣(=帝の宣旨)に準ずるものとされていました。
従って、別当宣に従わない事は【違勅・いちょく=帝の命に逆らうこと】と同様の罪とされました。


ちなみに公家様文書は、その4までだけど一つ一つの章が濃い^^;
公式(くしき)文書で習ったことが零れ落ちる予感・・・・(._+ )☆\(-.-メ)オイオイ

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【公家様文書_1宣旨(せんじ)】古文書学入門(改)

はじめに・・・この古文書学は理屈・・・もとい学術的な学問としての解説です。
何か(実技編)を期待した方にとっては「知りたいのは、この方向じゃない」かも、しれないことを予め御了承下さい。宣旨は蔵人所が設置されてから発生しました。

その発布の流れは下記のようになります。

内侍(ないじ)
職事(しきじ=蔵人頭)
上卿(政務担当公家・大臣)
内容によって外記局or内記局or弁官
発布

赤文字部分
内侍から蔵人頭に渡される文書は内侍宣(ないじせん)と呼ばれていました。
鎌倉時代以降に出る「女房奉書」は、この内侍宣の流れを組む文書です。
青文字部分
この伝達は口頭だったのですが、間違えたり忘れたりしないように覚書・手控えを用意してました。
この蔵人頭のカンペを口宣(くぜん)と呼びます。
このカンペは後に効力を持った文書となり口宣案(くぜん案)と呼ばれるようになります。
さて緑文字
大臣から弁官に通達された場合の発布方法がありました。
大臣
弁官
所属書記・史(さかん)←ここで草案_φ(.. ) カキカキ
発布
といった感じ^^b
その他に宣旨と同系統の文書があるのですが、それは番外編に続く(=^・ω・^=)v ブイ

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時乃★栞

Author:時乃★栞
筑前・筑後・肥前・肥後・日向・大隅・薩摩に気合いバリバリ。
豊前は城井と長野が少し。豊後はキング大友関連のみ。

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