少弐資元名字状---横岳家文書・七

実は少弐教頼からの文書が六番目なんですが・・・
ほぼ全文が変体仮名なんで、七番目からにします(←おぃ)
でも、この先で変体仮名が出たら逃れられないから、ちゃんと覚えとかないとだな^^;




    實名
 ※じつみょう=実名~~本姓と諱(いみな)

      藤原資誠
 ※本姓=藤原氏、諱=資誠
永正三年八月七日       大宰少弐資元(花押)
 ※永正三年=1506年
     横岳彦四朗殿
 ※よこだけ すけまさ・1521年(大永元年)~ 1570年(元亀元年)



あ~いつも、こんな短いと楽勝なんだけどな~

名字状(みょうじじょう)とは、ぶっちゃけて言うと偏諱を受けた時に貰う書状です^^b
主君の諱の一文字を拝領するので、別名を「一字書出(いちじかきだし)」とも呼びます^-^

自分が歴史記事では簡単に「偏諱受けた~」って書いていますが、
正式には上記「名字状」が偏諱を受けた相手に渡されてる訳です。

この名字状があるから、誰それさんは何年何月何日に偏諱を受けたって判るの^^
偏諱を受ける状況は様々ですが、こういった名門武家一門の子弟ですと元服時か家督相続時が多いです。

あと文字の大きさが違うのは、シオが「お気に武将だから依怙贔屓」してるんじゃなくて、
実際に大きく書いてるんです。(文字サイズは見た目の雰囲気でチョイス)
だって大事な諱を拝領した証ですもん^^/

さて、ジーと読んで下さった方、お気づきですね。
名字状が1506年だと、ご本人生まれてないじゃん,;.:゙:..:;゙:.:: (゚∀゚ゞ)ブハッ!

これは誤記じゃなくて、横岳資誠の生年には異説があって、生年が確定してないんです^^;
(ウィキペディアでは(一応)1521年になってるだけ)
「横岳家文書」において横岳資誠が登場するのは、この名字状から。
ですから資誠の生年を補完する他の一次史料が新たに見つからない限り、生年特定は出来ません。

こればっかりは仕方ないのネー(*´・д・)(・д・`*)ネー
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