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実相院文書49_神代勝利寄進状

緑文字---原文(翻刻版)ママ
青文字---読み下し
赤文字---意訳(手っ取り早く知りたい方はココを読んでね^^/)
(包紙上書)
      「寄進状」
      再拝々々敬白
在肥前之国佐賀郡之内才所分弐町八段之事、武運長久爲願所、於  河上大明神致寄進候、仍爲末代之状如件、
天文廿二年癸丑八月吉日        神代大和守勝利(花押)

実相院文書なのですが、河上社の別当寺院なので同じカテゴリにします。

で、今回は包紙に「寄進状」と書いて出してます。
再拝々々敬白・・・再拝再拝敬って白します・・・相手を敬って言う言葉で再拝を繰り返しているので非常に丁寧

於  河上大明神
と、河上大明神の前を一文字スペースを空けてます。
これはワザとやってことで、この空白部分を闕字(けつじ)と呼び、相手を敬う時(敬うべき相手)に用いる書き方です。

肥前国佐賀郡の才所のうち、2町八段を「武運長久」を願い寄進いたします。
この寄進は末代まで有効です。


神代勝利の特徴は寄進の時に「仍爲末代=神代家末代まで所有権は有効」がつくことです。
ここでも神代勝利が河上社を非常に厚い信仰心を持っていたのが感じ取れます。

ちなみに天文22年は家督相続のゴタゴタで追い出されていたクマー・龍造寺隆信が、筑後から復活した年です。
でもって寄進した8月にガチンコになってます。(神代の方が負けた(´;ω;`)ウッ)
吉日が戦の前か後かは不明ですが、いつも以上に真剣に祈願したんだろうなぁ・・・ポリポリ(6 ̄_ ̄)
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テーマ : 歴史
ジャンル : 学問・文化・芸術

河上神社文書185_龍造寺鑑兼寄進状

緑文字---原文(翻刻版)ママ
青文字---読み下し
赤文字---意訳(手っ取り早く知りたい方はココを読んでね^^/)

奉寄付於河上大明神地之事
  肥前国佐賀郡龍造寺八十町之内、七反、拜進不可有相違之状如件、
天文廿一年       龍造寺孫九郎
  十一月十五日     鑑兼(花押)


これもシンプルに「寄進します」って言ってるだけで願い事は特に記されていません。
気になるのは寄進した土地です・・・( ̄ko ̄)
佐賀郡の龍造寺村といえば、元々は龍造寺隆信が相続した土地なんです。
その一部とはいえ鑑兼が勝手に寄進しちゃってるんですよ~(*´m`)ぷぷぷ

この時期の龍造寺隆信は、鑑兼擁立派に追い出されて筑後に亡命中でした。
それで隆信が相続した龍造寺村も押領されてたんです。
一度寄進しちゃった土地だからなぁ・・・きっと隆信が復帰しても戻って来なかっただろうなぁ・・・ポリポリ(6 ̄_ ̄)

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河上神社文書209_神代勝利寄進状

緑文字---原文(翻刻版)ママ
青文字---読み下し
赤文字---意訳(手っ取り早く知りたい方はココを読んでね^^/)

態令啓上候、然者、爲武運長久、至河上宮小力武拾弐町、末代奉号寄進候、無御油断御祈精奉頼候、猶甚深可得貴意候、諸慶、恐惶謹言、
                      神代刑部少輔
 天文十七年戌申十二月廿三日     勝利(花押)
河上山
 実相院進覧

神代勝利公・・・・(人´∀`).☆.。.:*・あぁ直筆を御目文字したひ・・・憧れの武将です

前記事と同じく寄進するかわりに願い事をする寄進状です。
寄進するので武運長久(-人-)☆彡オネガイ

但し前記事と圧倒的に違うのは、神代勝利公は河上社に対し非常に敬意を払っているという部分です。

前記事は「寄進之状如件」=寄進はこの通りです。といった感じで一般的な書式。

神代勝利公は【態令啓上候】文章の書きだし文言として丁重な表現を用いています。
【末代奉号寄進候】=末代まで寄進します。 
【無御油断御祈精奉頼候、】=(ですから)懇(ねんご)ろに祈精を頼み奉りますm(__)m
祈精=ニュアンスとして祈祷(きとう)みたいなもん 
【恐惶謹言】=書き止め文言で「恐々謹言」より丁重な表現。

人物・くましろん~
(幸麿さま作画:神代勝利公イメージ)

通り一遍でない寄進状は、神代勝利公が河上社に対し敬虔な信仰心を持っていたことが覗えます。
龍造寺との戦で、河上社は社領を神代勝利公の本陣にすることを黙認していますし、
河上社の社人も勝利公を支持していました。
両者の間にに細やかな交流があったのを感じとれます^-^ 

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河上神社文書184_龍造寺常家寄進状

緑文字---原文(翻刻版)ママ
青文字---読み下し
赤文字---意訳(手っ取り早く知りたい方はココを読んでね^^/)

(端裏上書)
「河上山座主某 龍造寺伊豆守」

奉寄進河上大明神
  十弐町、右意趣者、此度之御弓箭、當家同忰者、武運長久息災安全之所也、仍爲巳後、寄進之状如件、
天文十七年戌申
 八月廿七日     (龍造寺)常家(花押)

マニアックな人物ですいません。,;.:゙:..:;゙:.:: (゚∀゚ゞ)ブハッ!
剛忠(家兼)の長兄(胤家)の孫です。

中身は寄進するかわりに願い事をする寄進状です。
武運長久と一族の息災・安全を(-人-)☆彡オネガイ

わからないのが「此度之御弓箭=このたびの戦」の部分なんです。
この年は村中龍造寺当主が若くして亡くなり、龍造寺隆信が当主未亡人と結婚することで龍造寺宗家を継いだ年です。
そういう意味では龍造寺にとって重要な年なんですが、目立った戦はないんだよなぁ・・・ポリポリ(6 ̄_ ̄)

少弐冬尚も再び復活したのもあり、何が起きても不思議でない情勢でしたので一般的な決意を述べたのかもです。(-ω-;)ウーム

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河上神社文書178_千葉胤勝同興常蓮著禁制

緑文字---原文(翻刻版)ママ
青文字---読み下し
赤文字---意訳(手っ取り早く知りたい方はココを読んでね^^/)

    禁制
肥前国鎮守河上社之事、既自在古、京都  御制札、爲明白上者、殊當手軍勢甲乙仁等、不可致濫妨狼藉、若於違犯之輩者、可處罪科之状如件、
天文三年
 弐月拾五日         平(千葉)興常(花押)
                 平(千葉)胤勝(花押)
  川上山
   実相院

久しぶりだから色々忘れてる ガ━━━(゚ロ゚;)━━ン!!

肥前国鎮守河上社の事、既に古(いにしえ)自り在り、京都の制札、明白(めいはく)爲す上は、こと当軍勢甲乙仁等(こうおつじんら)、濫妨狼藉致すべからず、若(も)し違犯(いはん)の輩(やから)に於いては、罪科に処すべくの状くだんの如し

ふーー思い出した( ̄ω ̄A;アセアセ

要約すると、
肥前国鎮守の河上社では、軍勢はもちろん誰であっても(=甲乙仁等)乱暴狼藉をしてはいけません。
もし禁制に違反した者は刑罰を処します(`・ω・´)キリッ


西と東、両千葉蓮著ですので、二つの家は和睦状態にあったのが判ります。
しかし禁制本文は「河上社」なのに、宛名では「川上社」ってアバウトですな( ゚Д゚)y─┛~~

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時乃★栞

Author:時乃★栞
筑前・筑後・肥前・肥後・日向・大隅・薩摩に気合いバリバリ。
豊前は城井と長野が少し。豊後はキング大友関連のみ。

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