龍造寺家兼_5【水ケ江竜造寺家誕生】
肥前千葉氏の家督に介入したのを契機に、亡命生活にピリオドを打った少弐政資。
1487年には大宰府に復活した。
ちなみに肥後の相良家は御家騒動の真っ最中です,;.:゙:..:;゙:.:: (゚∀゚ゞ)ブハッ!
7月20日に文明から長享(ちょうきょう)に改元したが、少弐が行動を起こしたのは改元後らしい。
なぜ家臣が生害を働いたか、詳細は解っていない。おまけに家督を継いでいたであろう萬寿丸の諱も解ってない^^;
ちなみに東千葉の興常が、渋川へ加勢してます。
残念ながら渋川方が敗れ、渋川刀禰丸は筑後犬塚城へ逃げ込む。
(-ω-:)ウーン~西肥前ってありますが、松浦党は未だ配下じゃないです。
ちなみに、1490年は鍋島清久(直茂の祖父)が産まれ、肥後では上村頼興(相良義陽の祖父)が産まれています。
一般的に知名度のある戦国武将たちの、祖父世代が誕生しはじめた頃です^-^
少弐が筑後へ進軍・・・と書きましたが、筑後は大友家が支配しています。
そこへ少弐が兵を入れたのは、大友政親の協力があったればこそです。
大友は北九州を巡って、少弐のライバルである大内家と何度か交戦しています。
敵の敵は味方。
大友は大内と対抗するために少弐とファイトーー!( °ロ°)乂(°ロ° )イッパーーツ!!
てな感じで度々タッグを組んでいる実績?があるんです^^b
てな感じで度々タッグを組んでいる実績?があるんです^^b
逃げ出した渋川は、この流れですから大内の庇護下に入る。
で、落城させた犬塚城へは大友配下・蒲池城主蒲池繁久の弟・家久が入る。
以後の蒲池家久は「犬塚氏」を称した・・・筑後・犬塚氏の誕生です(=^・ω・^=)v ブイ
この状態を指を咥えて眺めている大内家ではない。
牛頭城は肥前千葉氏の居城です。
肥前千葉が招聘した祇園社もあります。
西千葉氏は、肥前千葉家の嫡流でありながら、その象徴たる居城を東千葉氏に奪われたんです。
これ以降、東千葉氏は祇園千葉氏とも呼ばれ、あたかもこちらが本家のように振る舞います。
(おかげで最初、どっちが本家か混乱した^^;)
(おかげで最初、どっちが本家か混乱した^^;)
西千葉の後ろ盾である少弐は、再び勢いを取り戻そうとしていましたが、
東千葉に敗北したことで西千葉氏そのものは求心力を失って行くのです。
東千葉に敗北したことで西千葉氏そのものは求心力を失って行くのです。
これでは少弐が肥前全てを制圧したことにはなりません。
肥前は以前として、少弐と大内の綱引き状態が続いたままです。
知名度の割に知ってる人は少ない竜造寺の本家と分家。
その歴史は意外に浅く、水ケ江初代は家兼ジーちゃんなんです^^
本家は村中城の竜造寺家^-^
ゲームなんかの地図だと水ケ江城は、村中城の御近所すぎてデータ表示されません,;.:゙:..:;゙:.:: (゚∀゚ゞ)ブハッ!
や、ほんと近所、小一時間あれば余裕で往復できる( ̄ω ̄A;アセアセ
水ケ江城は、もともとは家兼の父・康家の隠居城でした。
父の没年は不明ですが、その死後に家兼が城を相続し城主となってたんです。
家兼が別家をたてたのは、肥前千葉の東西分裂と無関係ではないと思います。
少弐と大内の駆け引きは、ますますヒートアップするだろうから、竜造寺が無関係でいることは出来ません。
竜造寺が配下になってる西千葉当主は、少弐政資の実弟だからです。
一方で肥前国主とまで尊崇された肥前千葉が、東西に分裂したことで勢威が衰えた。
その分、肥前における竜造寺家の地位が重きを置かれるようになったのではないでしょうか。
大内の脅威や東千葉に対抗するためとはいえ、
竜造寺家は分家を立てられるまで地盤や勢力がシッカリしてきたということでしょう。
竜造寺家は分家を立てられるまで地盤や勢力がシッカリしてきたということでしょう。
この時は少弐にとって竜造寺は「使える配下」でしたが、
竜造寺の勢力が増すにつれ「脅威になった配下」へと変化していきます。
竜造寺の勢力が増すにつれ「脅威になった配下」へと変化していきます。
1493年(明応2年)少弐は伊万里氏と渋川旧臣を討つために上松浦へ出陣。
北肥戦誌だと西千葉の胤資と竜造寺康家と高木家益が従軍したことになってるんだが、
竜造寺家兼か胤家か家和の間違いじゃないかなぁ~
竜造寺家兼か胤家か家和の間違いじゃないかなぁ~
いくらなんでも康家トーちゃんは死んでるんじゃ・・・(._+ )☆\(-.-メ)オイオイ
それとも地味に存命してて、分家は康家トーちゃんの決定だったとか~
このあたり没年不明なんで何とも言えません。
このあたり没年不明なんで何とも言えません。
少弐は翌年1月になると、今度は下松浦に攻め入る。
波多氏・鶴田氏・相知氏・有浦氏は戦う前に降伏。
青山城を一日で落城させると、今度は筑前・高祖城の原田興常を攻撃。
4月になると平戸城が少弐に降伏。
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