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秋月種実76【エピローグそれぞれの行方】

物語の時計を秋月種実降伏直後に戻したい。
九州征伐は準備命令発布を含めると1586年4月から1587年6月までの約一年に渡るのだが、秀吉九州入りが1587年の4月なので、1587年とする記述がメインとなっている。

進軍ルートは二つ。
羽柴秀長を総大将とし日向口から薩摩を目指すルートと
秀吉本軍の北九州から上陸し、肥後口から薩摩を目指すルートです。

そして九州征伐前半のクライマックスが「秋月種実の降伏」なのです。
主役を張る資格十分あるでしょ(*´艸`)

秋月が降伏したのが4月2日。
4月5日は立花宗茂が秋月の地で秀吉に拝謁し、4月10日には肥前の龍造寺家と鍋島直茂が秀吉に拝謁し、立花・龍造寺+鍋島軍は翌日11日には、秀吉本軍の先鋒軍の中に組み入れられ出陣します。

さて大友家臣は別にして九州征伐を生き残った国人領主はいません。
生き残りといえば肥前・鍋島(龍造寺)は早々に秀吉に接触し、本領安堵ゲッツ(* ̄・ ̄*)Vブイ
九州征伐・北九州における密かな勝ち組です^^b

鍋島直茂は生き残りにかけては天才的でして、関ヶ原の戦いでも早々に徳川家康の好意を得て、西軍加担でありながら(散々苦労したけど)本領安堵を獲得しています。(つまり島津と一緒)
でも奇跡の旧領復活の某大名や、本戦でも九州でも活躍の某家とか、思いっきり裏切る誰かだの、周りが目立ちすぎて、いまいち地味な鍋島家でした( ̄ー ̄A 汗フキフキ

国人で生き残ってない・・・というと誤解を招きますね。
つまり本貫地に残ることが出来た国人がいなかったんです。

例えば豊前でいうと長野氏は何時の間にやら記録からフェイドアウトで、その後が不明だし、
門司氏は毛利家臣団の中に入ってしまったりと、独立した一勢力として残れた国人は皆無です。


秋月との関連で、たびたび出る宗像氏ですが、本編でも触れましたが1586年4月に当主の宗像氏貞が病死してしまいます。
不運なことに子供が娘だけで男子がいなかった為に、当主不在で混乱のまま九州征伐に突入、「秋月降伏」との知らせに、慌てて秀吉の元へ「御家存続」を願い出たのですが、ギリギリまで島津配下だったのが祟り、あっさり却下。
秀吉にすれば「小うるさい国人領主」を潰すチャンス、認めるはずがありません。

氏貞の娘に婿養子を~~と懇願する宗像家臣の願いも却下。
家名存続は出来ないし、当主不在なので宗像神社大宮司職も宗像家の手から離れてしまいます。
宗像家は大内義隆の配下時代に、忠義を愛でられ黒川という土地を拝領していました。
だから宗像家が山口の大内館に御奉公へ行くときには、土地の名からとった黒川姓を名乗っています。

家督相続前の宗像氏貞の幼名は黒川鍋寿丸で、山口で生まれ育ったのです。
黒川と呼ばれた土地は、とっくに毛利のものとなっていますが、宗像氏貞の忘れ形見である姫君たち(3姉妹)は、そのか細い縁を頼り宗像から毛利領に移住したそうです。
(ちなみに子孫は未だに「例の祟り」を受けているというホラーな伝説は残ってるらしい( ̄ko ̄)チイサナコエデ)

秋月の本家である原田氏も、独立した国人領主としては残ることができませんでした。
なぜなら当主の原田信種もまた、島津配下でして島津が立花城を攻撃してるドサクサに紛れて、立花領の田畑を焼き討ちしようとしてたんです( ̄ー ̄A 汗フキフキ~立花に撃退されてます。
自分でも立場がヤバイのを知ってる原田信種は、本城である高祖(たかす)城の落城前に、娘である輝姫様を逃がしています。
秋月のように自分の娘を人質に差し出すくらいなら、市井の娘として生き延びることを願ったんです。
蝶よ花よと育てられた輝姫でしたが、亡命先の地元漁師と結婚し魚の行商人として生涯を終えるのです。
苦労しつつも村一番の稼ぎ手となった健気な姫君の生き様に感動した村人は、おテルの死後に「行商の神」として祀り小さな祠を立てました。

原田信種は幼少期を肥前・龍造寺家で人質として過ごし、龍造寺家臣の娘を妻にしていたので、龍造寺・鍋島コネ枠で何とか「領地安堵」は認められたのですが、肝心なトコで失敗したんです><;アウチ☆
恭順の証の一つである「領地の明細」を提出した時に「隠し田」を記載しなかったんです。
原田は秀吉の情報網を甘く見てたのでしょう・・・ほどなく領地の過少申告がバレてしまい、
領地没収になった~~~_| ̄|○ il||li がくぅ

古い名族だったので御家断絶は免れ、肥後の加藤清正の与力として配属されることになりました。
でもって朝鮮の役で原田信種は戦死し、息子が家督を継いだものの加藤清正と相性が悪く肥後を出奔。
流れ流れて九州から、はるばる東北・会津に移り住み会津藩士となって残りました。
会津藩士~~~保科様に仕えたの。
管理人が原田氏に興味を持って調べたのは、最終就職先が会津・保科家だったから。

秋月種実は1596年9月26日に京都の伏見屋敷で49歳の若さで病没しました
彼の死の二年前に大友家が朝鮮の役での失態が原因で改易・・取り潰しとなりました。
打倒大友が生涯のテーマだった秋月の胸には、様々と去来する思いがあったと推察できますが、案外と気持ちは乾いていたのでは?と、考えています。

これは管理人の憶測ですが、秋月種実が本当に倒したかったのは、父母と兄を死においやった大友宗麟と、直接に城を攻撃した戸次道雪だったと思います。
道雪は高齢のため数年前・病死し、病弱だった宗麟は九州征伐の年・5月に腸チフスが原因で亡くなります。
秋月降伏のわずか一か月後で、種実が隠居を決意したのは宗麟の死亡を聞いた時かもしれません。

秋月竜子が城井家に嫁いだ正確な月日は不明です。
九州の国分けが決定するのは6月13日なので、おそらくその前後でしょう。
まだ嫁いでいない婚約者の実家の助命を願った城井家の話は、郷土史を調べてて拾ったエピソードです。
史実か未確認でしたが、いかにも律儀な城井家らしいと思い採用し、また秋月の人質だった竜子が嫁ぐには、秀吉の許可が必要なはずなので、それらを踏まえて小説風に仕立てたのが前回での秀吉と竜子のやりとりです。
竜子のその後は豊前城井氏編をご覧ください。

管理人は秋月種実を謀略にかけては天才だと思っています。
その秋月に「生涯の敵!」と見込まれ、足を引っ張られ続けられた宗麟と道雪は不運でした・・( ̄ー ̄A 汗フキフキ
秋月がいなければ、北九州に手こずることが無いので、全盛期の大友宗麟の力で九州統一が完成してたいかもしれません。

不運といえば、調べれば調べるほど宗麟の嫡男・義統は気の毒でした_| ̄|○ il||li がくぅ
「偉大な父・宗麟」と「雷神だの名将だの天正の楠木正成だの」と忠義の家臣団に囲まれているために、
何をやっても義統は見劣りしてしまい、天下人・秀吉は義統を早い段階で「利用価値低い」と判断していたようです。

秋月編は筆を置き、ここから先は秋月の子供たちの話になります。
次は久々の初代藩主編、縣(延岡)藩初代藩主編です。
では恒例の それはまたの話
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秋月種実75【蒼天・・・】

小姓を伴い姿を現した秀吉は、鷹狩の装束に陣羽織という出で立ちだった。

秀吉は床几に腰かけると、頭を下げている竜子に声をかけた。
「面(おもて)をあげぃ、遠慮はいらぬワシに顔を見せよ」
貴人への作法を無視した関白の言葉に、戸惑いながらも竜子は顔を上げた。
そして秀吉の軽装とはいえ「ここは陣中である」と意識した装束を見て「これなら不埒な辱めの心配は無い」と竜子は胸を撫で下ろした。
乳母には気丈に言ったものの、やはり多少の不安はあったのだ。

さらに、秀吉の装束には微かな香の匂いがした。
どうやら竜子を待たせたのは、先刻までの宴席で口にした酒の匂いを消すためだったらしい。
酒と言っても秀吉は殆ど飲めないのだが、年頃の姫君に会うために配慮したのだろう。
竜子は成り上がりと噂されている関白の細やかな気遣いに驚くと同時に、
(やはり常のお方ではない。いっそ自分の気持ちを正直に言おう)と思いを巡らせるやいなや、

「秋月種実が娘、竜子と申します。恐れながら関白殿下にお尋ねしたき儀が御座います。」
と、やってしまった・・・乳母が、その場にいたら卒倒していたかもしれない。

「ほぉ・・・今宵のワシは機嫌が良い。申してみよ」この小娘が・・・と秀吉は鼻を膨らませ軽い嘲りの表情を浮かべた。
怯まず竜子は一礼すると言葉を続けた。
「わたくしの人質となる期限は何時までになるのでしょうか?御存知かは分かりませぬが、わたくしは豊前・城井家へ嫁ぐことに決しておりますので、長くは秋月の人質でいることが叶いませぬ」
(* ̄O ̄*)ぽかぁん・・・予想外の竜子の言葉に秀吉が一瞬、呆気にとられ「城井に嫁いで何とする」と何やら間の抜けた質問をしてしまった。

竜子は「はい、一度、殿下の元を辞して城井家に嫁ぎましたならば、改めて城井の人質として出直して参ります m(_ _)m」
「ひ・ひとじちの出直・・し・・・ブハハハハハハッハ、そんな話聞いたことが無いだぎゃぁ!!」
秀吉の、ものすごい大声に竜子は驚き、思わず首を竦めた。
その姿は初々しく子リスのような愛らしさがあった。

竜子の様子を目を細めて眺めながら秀吉は「城井に嫁ぐことに、何か所以でもあるのか?」と尋ねた。
一瞬、秋月が何事か娘に吹き込んだのかと疑ったのだが、竜子の答えは更に秀吉の意表をついた。
「はい、夫婦の契りは二世まで・・と、世間では申します。ですが凡夫の身では今世が一度目なのか、二度目なのか、はたまた元から御縁の無い殿方だったのか解りません。」
(い・・いちど・め・・・丹田(へその下あたり)がよじれそうだぎゃぁ~)秀吉は竜子に言葉を続けさせるために必死で笑いを堪えた。

「ですから、ただ座して待つのではなく、自ら行動を起こせば天の方で竜子に答えを授けて下さると思うのです」
話しているうちに気が高ぶり、つい何時ものクセで自分の事を「竜子」と呼んでしまっていることに気付かなかった。
乳母に「子供のような口ぶりは嫁ぎ先で笑われまするぞ」と、常々叱られていたのだが、こうなっては止まらない。

秀吉は竜子の言葉に、ふと自分の生き様と似た匂いを感じた。
「城井家からも秋月に対する助命嘆願が来ておった」秀吉の意外な言葉に、「え?!」と竜子は礼を忘れて秀吉の顔を凝視してしまった。
「我が家の嫁の実家であるゆえに、どうか一命は助けて欲しいとな」
(我が家の嫁・・・朝房さまっ・・!)思いがけない秀吉の言葉に、竜子は未だ顔を知らぬ夫となる人物の名を心中で叫んだ。
「だが一方で」秀吉は感激した表情の竜子に、冷水を浴びせるような厳しい口調で言葉を繋いだ。

「ワシの家臣の報告では、城井の恭順は本心ではなく、心中に狼心を養っているともある。」
「城井が、このまま従えば良し、さもなくば成敗せねばならぬ」
容易でない秀吉の言葉に竜子は緊張し、思わず身を縮めた。
「竜子・・・城井家の将来が安穏とは限らぬぞ。そなたは嵐の真っただ中へ飛び込む勇気があるか?」

竜子は秀吉の問いかけに即座に反応した。
「もちろんでございます。竜子は秋月種実の娘でございます。何も努力せずに諦めたりなど致しません!」
「・・・・よかろう。ワシが許す、城井家に嫁ぐが良い」
「あ。。ありがとうございます!!m(_ _)m」竜子は深々と頭を下げて心から礼を述べた。

実のところ秀吉は秋月の処分を決めかねていた。
降伏は受け入れたが、秋月を援けると約したわけではない。
いっそのこと種実と嫡男を死罪とし、目の前の竜子に婿をとらせて家名存続だけで許す・・・と考え、その前に竜子が、どのような娘か確かめようと思い立ったのだ。
だが竜子は、臆することなく自らの力で自分の運命を切り開こうとしている。

(豊前では多少手こずったが、筑前は秋月の恭順が徹底してたゆえに早くケリがついておる・・・それを考慮に入れむしろ秋月を残し、豊臣の恩を感じさせるのも得策かもしれぬ)と、考えを新たにした。
秋月への処分は次男・元種に日向・縣(あがた)5万石を与え、嫡男・秋月種長に日向・財部3万石を与える・・・という寛大な処置に決した

秋月の本城・古処山城は、秀吉家臣の早川長政(念のため~実在の武将)の預かりとなった。
城を去る時、秋月は恵利が妻子ととも自害した大岩の前で手を合わせ回向した。
その大岩は、いつともなしに「腹切り岩」と呼ばれていた。
大友を滅ぼすのが宿願だった・・・だからこそ、あそこまで秋月の家を大きくできたのだ。
それが何時しか、単なる我執となっていたのだろうか・・・だが、そうで無ければ秋月種実ではない・・・
種実は、ただただ恵利に詫びた・・・

後ろを振り返ると、古処山城は既に山影に隠れて見えなくなっていた。
代わりに城のある付近に、雲一つない蒼天が広がっていた。
毛利の支援を受けて大友から古処山城を奪い返した昔と、空の蒼さは変わらない。

(いや・・・変わったのはワシか・・・・)空を見ながら秋月は呟いた。
「たとえ10石でも良いから秋月に領地が欲しかった・・・・」
秋月の呟きを聞いた家臣たちは、慰めの言葉も無く俯いた。

「種長・・・ワシは落ち着いたら、京か大坂に居を移そうと思う・・・恭順のため関白殿下の足下に留まるつもりだ・・・」
「ち、父上!何を言われます!これから・・」
思いがけない父の言葉に、種長は思いとどまってもらおうと言いかけたが、秋月は手を上げて種長を制した。

「種長・・・秋月は我が父の代で一度滅んだ。そしてワシの代では御家再興のみで終わる」
自嘲するわけではなく淡々とした声音が、思いつきや自暴自棄になったわけでは無いのだ。
と、言っているようだった。

「ワシには始めから最期まで、秋月しかない・・・新たな土地で全てを最初から始めるには秋月への思いが強すぎる・・・( ̄  ̄)トオイメ。。 」
「新しい公儀(豊臣政権のこと)の仕置きによる、新しき御世を作るのは種長、そなたたち若い者のすることだ。」
「財部での町割り・城普請・秋月から従った者たちへの領地も不公平・不満の無いようにせねばならぬ。やらねばならぬことは山ほどあるぞ。負けた戦のことなど何時までも考えている暇は無い。出来るか?種長」
「はい!力の限り勤めて参ります!!」種長は父の言葉に新たな望みを見出し瞳を輝かせた。

「皆の者、聞いての通りじゃ、今後は種長を二無き主君として、それぞれ励んでくれ」種実は周囲にいる家臣たちに頭を下げた。
種実の言葉に家臣たちも喜色を浮かべた。(これが終わりではない・・・新たな秋月家が始まるのだ)
それまでの暗い表情が一変し、家臣らは前を真っ直ぐ見て、足取りまでも力強い歩みになった。
「行くぞ・・・日向へ!」

時代は天下統一へ大きく動き出していた・・・だが、それに怯える者は、もはやいない。
この長い話は次なる舞台を日向へと移すのだが それは またの話 

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秋月種実74【敗北のピエロ】

秋月は最高の切り札を持っていた。
秀吉が以前から欲しがっていた「天下の三大茶器」の一つ「楢柴」です。
博多の商人から、半ば強引に手に入れたもので、秀吉が欲しがっているのは秋月も噂で聞いていた。
最初から、それを差し出さなかったのは、謀略家らしく最高のタイミングを見計らっていたのだ。
(秀吉は、敗残の将が憐みを乞い、関白の温情にすがる姿を欲しているのだ)
(そうと解れば、中途半端は身を滅ぼす、この時に物惜しみしてはならぬ。)
秋月は、そう腹が決まると「降伏の証」として献上する品々を用意し始めた。

「蔵から楢柴を出せ」「国俊の太刀もだ」「米2000石・・・これは兵糧として御使い頂く」「さらに黄金100両、城に蓄えを残すような料簡をしてはならぬぞ」
「いまひとつ・・・・竜子も人質として連れて行く・・・供は乳母だけにせよ」

「種長・・・そなた剃髪(スキンヘッド・丸坊主になること)せよ。ワシもする。それと墨染めの衣を着用するのじゃ、刀は大小は無論、脇差も持ってはならぬぞ。」
「そ・・・そこまで、せねばなりませぬか?」秋月の嫡男・種長の眉宇が屈辱で歪んだ。
「種長・・・よく覚えておけ。ワシが幼き頃、山口へ亡命した時も、殆ど何も持ち出せなんだ・・・負け戦とは全てを失うということなのだ。今は生き残ることだけを考えよ」

秋月は口早に息子を嗜めると、自分の身支度に没頭した。
手を止めてしまうと、これから受けるであろう屈辱を思い、秋月までも気持ちが揺らぎそうになる。
一度目の降伏の使者が戻されてから、すぐさま身支度を整えた秋月と息子と乳母を伴った竜子が、秀吉のいる尾熊の陣中を訪れた。

天下人とは、この世で最も寛大であると同時に、最も残酷なのかもしれない。
勝者の驕りであろうか・・・九州征伐以降の秀吉は、以前とは人変わりしたように暴慢になった。
とはいえ政治的な意味合いもある。
秋月の降伏は豊臣政権の北九州制圧を意味するので、世間に流布されるようなパフォーマンスは必要でもあったのだ。
秀吉は秋月の恭順の姿勢と献上品に満足し、降伏を受け入れた。

そして、その夜に「勝利の宴」が陣中で開かれ、秋月種実・種長親子も出席した。
秋月は、豊前における諸将たちの武勇自慢や、遠慮無しに秋月たちを眺める不躾な視線に耐えなければならなかった。

宴もたけなわ・・・というころ秀吉は、ふと思い出したように秋月に訊ねた。
「秋月、そういえば恵利の姿が見えぬが、どうした?あれはなかなかに忠義に家臣よのぉ」
「・・・あぅ∑( ̄◆ ̄;」秋月は言葉に詰まった。
秋月が秀吉との戦の不利を説いた恵利を遠ざけ、恵利が妻子とともに死を持って諫言したことなど、とっくの昔に報告を受けて知っていた。

秀吉は返事に窮する秋月を見て、まるで猫が獲物を弄るような喜びに浸ると、酷薄な笑いを浮かべた。
「そうじゃ、誰ぞ舞でも舞わぬか・・・いや、これも趣向じゃ。秋月よ一指し舞って見せよ」
「承ってござる」
秋月の隣に座っていた息子の種長が、屈辱のあまり袴を握り腰を浮かせかけた。
だが、それより先に秋月が扇を持って立ち上がったので、種長の様子は秀吉には見えてはいなかった。

勝者の宴の席で敗者が舞う・・・人々の好奇の視線が刺すように痛かった。
眼がくらみ、全身の血の気が引くような屈辱に秋月は耐えた。
幼い頃・・・大友軍・戸次道雪との戦で兄が戦死した。
兄の戦死を聞くと「もはや、これまで」と絶望した父母が自害した。
家臣の深水が「諦めずに再起を図ろう」と自分と弟たちを亡命させなければ、落城の劫火に焼かれ死んでいただろう・・・
いや、あの時自分は一度死んだのだ・・・そして秋月の家を再興するために生まれ変わったのだ。

(ここで諦めてなるものか・・・・)
(大友が残り、秋月だけが滅んでなるものか・・・どのようなことがあってもワシは死なぬぞ!)
悲壮な思いが舞に通じるものがあったのであろうか・・・見事な舞に秀吉は大いに満足した。

「さて、ワシは、そろそろ下がるとしよう。諸侯は思い思いに飲むが良い。」
「陣中での凝りをほぐすのに、秋月の娘を呼ぶとしよう」
聞えよがしに言うと秀吉は上座から奥へと消えた。
(竜子・・・!)秋月は心の中で娘の名を呼んだ。

何事もなければ、豊前・城井家に嫁ぎ、新妻の幸福の中にいたはずの娘だった。
娘の心中を思うと、秋月は堪らなかったが(竜子・・短慮はなるぬぞ・・何があっても生きるのだ!)
あとは娘の生来持つ、心の強さにかけるしかない、秋月は天を仰いで祈った。

「姫様、関白が宴で殿に舞を舞わせたそうにございます」
陣幕の外を窺って、兵たちの雑談に聞き耳を立てていた乳母が竜子に報告した。
「鼓の音は、それだったのね。父上の舞なら竜子も拝見したかったわ」
「姫様・・・_| ̄|○ il||li がくぅ、何を呑気なことを!殿が諸将から、どのような好奇な目で見られたか・・殿にさような辱めを与える男ですよ、わたくしたちもどのような扱いを受けるか・・・」
何か不埒な想像をしているらしい乳母は、さきほどから落ち着かない。
「ばぁや、ここは陣中ですよ。関白にまでなった御大将が、自ら軍規を緩めるようなことを為さるはずがありません。お前は見当違いの心配をしています。」
\(////△////)ノカァァ「で、では姫様は何故に、このような夜更けに呼び出されたとお思いですか?」
乳母は、まだまだ子供っぽいと思っている姫君に指摘され、年甲斐もなく顔を真っ赤にし気色ばみながら尋ねた。
竜子(呆れ)「そのようなこと、会ってみなければ解らないではないですか。関白殿下が御出でになったら、お前は下がってなさい。」
横でソワソワされていては、こちらまで落ち着かない。

(父上は関白殿下と、言葉や態度で命の遣り取りの戦いをなされたのだ。)
(今度は、わたくしが命がけで戦う番なのだ。)
そう決意すると竜子はキツイ命令口調で乳母に「下がるように」と言った。

4月(太陽暦では5月)とはいえ、夜風はまだ肌寒い。
卑賤の身から関白にまで上り詰めた「天下人」とは、どのような男なのか・・・
(あの父上が敵わなかった方だ・・・きっと手練手管は通じない・・・何を問われても命がけの真心でお返ししよう・・・)
竜子は健気に心を定めると、目の前の床几に座る主を待ち続けた・・・それは またの話

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秋月種実73【降伏の駆け引き】

一夜城・・・仕掛けが判れば、どうということは無いが、それを一晩でやってのける機動力は、やはり「天下の大軍」なのだ。

秋月が降伏すれば、北九州は関白に制圧されるだろう・・・島津もいずれ倒される。
(降伏か・・・いっそ、宗麟の首を条件に・・・)
「馬鹿な・・・ありえぬわ」書院に一人籠る秋月は、とりとめない己の考えを否定した。

この大戦は、そもそも宗麟が関白・秀吉に助けを求めたことから始まっている。
「島津の豊薩同盟違反が戦の大義名分」なのだ。
戦が終わるまで利用価値のある大友家は関白の保護下に入る。
大友家は関白に豊後を窺う島津を撃退してもらい、おそらく本領も安堵されるであろう。

「至れり尽くせりではないか・・・」秋月は、あまりの馬鹿馬鹿しさに笑いが込み上げてきた。
「くっくっっくぅ」外へ漏れぬように、喉を鳴らし忍び笑いをしていたが、ふと頬を伝う熱いものの存在に気づき、慌てて唇を噛みしめた。
今まで大国の理屈を振りかざして、国人たちを思いのままに振り回して来た大友が生き残り、必死で這い上がった秋月が滅ぶなど、こんな理不尽が罷り通って良いはずが無いではないか。
「ワシは滅びぬぞ・・・!」秋月は袴を握りしめ呟いたのだった。

「なんですって!長女の竜子を関白の元へ人質に出すですって!」秋月の妻が声を荒げた。
秋月が24歳の時に生まれた長女・竜子は16歳になっていた。
一目を惹く美貌だけでなく、名族の姫らしい匂うような気品のある娘に成長し、秋月にとっても自慢の娘だった。

秋月の妻は「いやです!反対です!人質なれば、わたくしが参ります!」涙声になりつつ訴えた。
「成り上がりの関白は稀代の女好きとの噂でございます。常ならば覚悟のほどは躾けて参りましたが、こたびだけは・・・」
「竜子は・・・城井の御嫡男と婚約が調った身でございますれば、どうかお許しを・・・」

「母上さま・・わたくし関白の元へ参ります。」それまで脇で控えて黙って聞いていた竜子が初めて口を開いた。
「行先が、関白であろうと、城井であろうと、秋月の為に行くことに変わりはないではありませんか。」
「世が定まれば、城井へ嫁ぐ日も来るでしょうし、これで破談になるなら元からその程度の縁だったのです。」
父の顔を真っ直ぐに見つめて一気に言うと今度は「母上さま」と、向きを変えて母の方へ声をかけた。

「もし・・・もしも此度の試練を乗り越えて城井に嫁ぐことが出来ましたら、城井の若殿様とは父上と母上のような真の夫婦になれるような気がするのです。」
「だから、・・・きっと大丈夫です^-^」そう言うと竜子は娘らしい恥じらいを見せて俯いた。
「竜子、まぁ貴女・・・」秋月の妻は娘の楽天的な言葉に呆れて二の句が出てこなかった。
秋月は娘が外見の嫋やかさとは別の、内面に芯の強さを秘めていることが嬉しかった。
(この娘なら、どのような困難にも立ち向かっていけるだろう。)

「竜子・・・これからどのような事があっても、必ず生き抜いて行くのだぞ」
「父上、わかりました。生きて・・・そして秋月の名も汚さぬように人質の役目を果たします。」
困難な時ほど楽天的になる不思議な強さを持った娘・竜子は、今後も波乱万丈の人生を送ることになるのだ。

秋月の支城・岩石城が落城したのは1587年の4月1日。
益富城の一夜城を食らったのは翌日の4月2日で、この日秋月は降伏を決意したのだが、直接、降伏の仲介をしたのは毛利勝信(もうり かつのぶ)だと言われている。
毛利勝信の知名度は・・・微妙^^;
大坂の陣で活躍する毛利勝永の父なのだが、その毛利勝永が真田幸村に知名度を食われているので、その父って言われても「知らない人は知らない武将」の一人です∴・…( ̄◆ ̄爆)ブハ!

毛利勝信は秀吉の古参武将の一人で、秀吉の黄母衣衆でした。
母衣とは竹などで布を膨らませた袋状のもので、背中に取り付けます。(一説には矢防ぎとも)
色は信長は赤や黒だったり、秀吉は黄色でしたので黄母衣(きほろ)衆と呼びます。
でもって母衣衆というのは、本陣と前線を駆け回る連絡将校のことです。
役目柄、武勇だけでなく機転や敏捷性も求められる、つまり有能な武将が勤める部署です。
毛利勝信は、この後の論功行賞で、豊前・小倉6万石の大名となります。

さて、秋月種実は九州が活動範囲でしたので、秀吉本軍のなかで見知っているのは、かつて支援を受けていた毛利家だけです。
その秋月が毛利勝信の降伏仲介の申し出を受けた理由というと、勝信の「毛利姓」にあると思います。
毛利勝信は、元は森姓でしたが秀吉がノリノリで「毛利に改姓しなさい~」って発言で毛利姓になった。
改姓も自称ではなく、きちんと毛利家の了解とった上だったので血縁はゼロだが、そういう意味では「毛利家に所縁がある」と強引に言えなくもない。
そういう力技の理屈で秋月との接触に成功したのだろう。

秋月にとっても渡りに舟で、毛利勝信を通じて、筑前大隈にいる豊臣秀吉へ降伏の使者を送った。
ところが秋月の降伏の申し出は、豊臣秀吉に拒否られた_| ̄|○ il||li がくぅ
豊臣政権が根付くか否か「天下の耳目が集まる九州征伐」
さらに前年12月に戸次川で先発軍が大敗してることもあり、秀吉は「誰が見ても解る」「天下人らしい華やかな勝利」を欲していたのだ。
秀吉の意図を悟った秋月は、生き残るために「敗者としてピエロを演じる」覚悟をしたのだが、それは またの話

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プロフィール

時乃★栞

Author:時乃★栞
筑前・筑後・肥前・肥後・日向・大隅・薩摩に気合いバリバリ。
豊前は城井と長野が少し。豊後はキング大友関連のみ。

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