FC2ブログ

【嫡男死す】人吉藩初代藩主編9栞63

にほんブログ村 地方・郷土史

スーパー官僚:土井利勝には「徳川家康隠し子伝説」があるのネー(*´・д・)(・д・`*)ネー

噂に悩んだ土井が「ソーダ!ヒゲを剃れば印象変わるんじゃネ?」と即実行

今を時めく大老の姿に「我も我も」と追随してヒゲを剃ったのが、ヒゲ無し侍の始まり・・・という俗説がある^^/



[家康 隠し子]で検索すると出るわ出るわ~4コマで収まりきれませ~ん,;.:゙:..:;゙:.:: (゚∀゚爆)ブハッ!

冗談はさておき、初代藩主から[犬童一族排斥]の遺言を託された幕府目付の阿部四郎五郎と渡辺図書助。
実は二人は既に徳川家大老・土井利勝に頼兄処断の話をしていた。
だが土井利勝は「清兵衛父子を呼び寄せ仕置くことに、私曲のないよう」と歯切れの悪い返事だった。

どうも、土井にしてみれば頼兄が本当に「専横の臣」なのか訝っていたようだ。

頼兄の岡本の隠居所にしても「古城に隠居所を構え」たのが真実なら、頼兄処断以前に「一国一城令」に引っかかって人吉藩そのものヤバイはずなんです。

だが頼寛(よりひろ/二代藩主)は「(犬童頼兄を)呼寄せ(自分が)意見することは御断り申し上げる。」
さらに「彼の者(犬童頼兄)罷り在る間は、(公儀への)御奉公のことも通り申しまじくと案じ奉る」
「急度、隠密に仰せ付け下さる様に希望し奉る」

と、どこまでも幕府の裁定による処断を求めた。
理由として

一つには「人吉領内で内々に処理するには犬童一族の力が大きすぎ、一揆や謀反などされては困る」

いま一つは「頼兄は【お目見得格(将軍に拝謁する有資格者】だったので、相良家独断で処断した後で幕府にイチャモン付けられたら困る」
どこまでも「幕府からの裁定」という形をとる。「公儀の仕置き」となれば、頼兄本人は従わざるを得ない。

犬童一族で抵抗する者があったとしても、頼兄本人を江戸で拘束しておけば、損害は最低限で済むはずだ。
そしてこれらの話は、初代藩主・相良長毎の存命中に打ち合わせ済みだったに違いない。


1639年(寛永16)12月に二代藩主・頼寛は、上記の阿部・渡辺の同行で江戸から人吉へと戻った
明けて1640年(寛永17)3月18日、戻ったばかりの頼寛が参勤の為に人吉を発つという動きがあった
トンボ返りの慌ただしさにに城下では「Σ(´Д`;) まさかの国替え?」と緊張が走る。
同年4月28日~頼兄の嫡男・犬童頼安が急死する(享年50歳もともと頼安は3月から藩主・頼寛に従い江戸に参府するはずでした。

それが出立の朝に俄かに頭痛となり、後日に出立し追い付きますが、4月の中旬より重篤と成り、同月28日に急死したんです。
(ちなみにその年に2名、三回忌に6名の殉死者有り)
50歳という年齢ですので、卒中とかありえる話なんですが、このタイミングは・・・さては一服盛られたでござるな( ゚Д゚)y─┛~~

頼兄本人は「専横の仕」の名目で処断できても、その子・頼安がいるかぎり犬童一族は息を吹き返すだろう。
完全に排除するには、嫡流を絶やさねばならない。これ基本です^^/
逆に嫡孫・頼章が無事だったのは、彼の生母が島津家久三女だったからでしょう。

犬童頼章は初代薩摩藩主の従妹で養女の息子です。
初代薩摩藩主は既に亡くなっていますが、頼章が二代薩摩藩主の血縁であることは変わりません。
頼章が不審死を遂げたら、島津家との友好関係にヒビが入るかもしれない。だから頼章には穏便に人吉の地から去ってもらうのがベスト。
島津氏と気まずくならずに犬童頼兄を処断するためにも「裁定は公儀の仕置き」である必要があるんです

同年6月~頼兄が人吉を発ち江戸へ上がる
4月に嫡男を失ったばかりで喪中なのに?「ぇえ?!(゚ロ゚屮)屮」
一連の出来事からの緊張か、慶長12年から続いていた人吉城普請が、一時中止になってます。

この急な召し寄せに、頼兄は孫・頼章へ手紙(5月29日付)を認めた
頼兄手紙:(上記の渡辺)図書様御指図次第(領地役目など)召上げらる可く候事、御家(相良家)の為たる可しと存じ奉り候

惣領息子の突然の死に、既に何事か覚悟を定めていたのであろう。
同年6月21日・・・頼兄は人吉を出立したのだが、それは・またの話 by^-^sio
スポンサーサイト



テーマ : 歴史
ジャンル : 学問・文化・芸術

コメントの投稿

非公開コメント

プロフィール

時乃★栞

Author:時乃★栞
筑前・筑後・肥前・肥後・日向・大隅・薩摩に気合いバリバリ。
豊前は城井と長野が少し。豊後はキング大友関連のみ。

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
カテゴリ
月別アーカイブ
アクセスランキング
[ジャンルランキング]
学問・文化・芸術
779位
アクセスランキングを見る>>

[サブジャンルランキング]
歴史
122位
アクセスランキングを見る>>