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秋月種長

秋月種長に関しまして、『高鍋藩史話』の記述で、まだ記述してなかった分を上げます。

初陣は天正7年(1579)11月のまだ13歳のときで、種実の名代として大友方の小野和泉と鷲ヶ岳にて戦ったときだそうです。

父の種実はこの初陣を成功させようと、譜代の歴戦の勇士である、坂田蔵之助・坂田蔵人・内田善兵衛・内田四郎右衛門・恵利内蔵助・隈江越中・芥田悪六兵衛を付け、8,700余を率いさせたとあります。

その勇壮振りは『秋月家軍功日記』という史書に依ると、
「秋月種長命も惜しまず、面もふらず戦ひ候。この勢に敵将小野和泉、由布雪荷戦死仕り候(中略)大友方両大将戦死候故、尽く敗軍して豊州に退散仕り候」と記述されているようです。

ただ家庭に恵まれなかったとも『高鍋藩史話』には記述され、
「夫人とは別居の日が多く(人質に出してますからそれはそうですね)、子女の数少なく四女があるだけであった。

長女・昌千代は外祖父・舜有の養女となり養子・忠有と結婚し長寿を保って89歳で彦山に逝き、

次女・チョウは采女(種貞)の妻となり、

三女・サイは人質となって江戸に在ったが、後に平松宰相に嫁ぎ47歳で京都に卒し、墓は寺町通り今出川の十念寺に夫婦同石である。

四女・タネは本願寺坊官・下間大弐に嫁し、墓は鳥辺野の西本願寺惣墓所にある」。
と記述されています。
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時乃★栞

Author:時乃★栞
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