FC2ブログ

【当主の弟】人吉藩初代藩主編2栞56

にほんブログ村 地方・郷土史

専横か忠臣か、しょせん受け止める主君の胸一つ


1603年3月9日~相良頼房長女・於鶴姫が誕生^^/
1605年7月1日~相良頼房次女・於万姫が誕生^^/

1605年11月7日~相良義陽生母・内城が死亡 ショボーン..._φ(・ω・` )
1606年11月7日~犬童頼兄の父・犬童頼安が死亡 ショボーン..._φ(・ω・` )

産まれ出ずる命あれば、逝く命あり。

父の死で犬童頼兄の専横に対するストッパーがいなくなった・・・というのが大方の観察だろう

だが、それは頼兄の主君・頼房にも言えることではないだろうか


1605年に死んだ内城は、20代目頼房からみて祖母にあたる。

彼女は、ただの老女ではない。

亡き父・義陽が若年当主となった時に、後見を務めた女性です。

「朝鮮の役」でも出陣した頼房に代わり、国許家臣らと協力し留守を守ってます。

おそらく彼女は相良家の内外に関し、一家言も二家言もあったはずで、頼房は頭が上がらなかったのではないだろうか。
(偉大すぎるグランマ)

犬童頼安に至っては大大大大功臣ですっ!!!

島津軍を相手にした水俣城攻防戦、義陽死後に若年の頼房を支えつつ各地へ転戦。

頼房の初陣前に父・義陽が死んでいるので「弓矢の駆け引き」を頼房へ指南したのは頼安かもです。

関ヶ原以降だと、頼安の戦歴は半ば伝説化してたんじゃないでしょうか。

この二人が存命中は、頼房も頼兄も「自分の思い通り」に事を進めるのは、難しかったと思います。


相良家紋

1610年6月23日に頼房の弟・相良長誠が死亡する


闘病生活の末、不遇の死でした。

相良長誠の不遇は、頼兄に起因してるんですが、兄で藩主の頼房が容認してたのでは?と勘繰ってました。

話は遡って「九州の役」の時、相良家は島津サイドから一転して豊臣政権に臣従します。

重臣・深水長智の功績です。

その時に深水は長誠を同行してて、当主である頼房より先に、弟の方を秀吉に拝謁させてるんです。

「相良家の誠意」として人質を差し出したのは、秀吉を喜ばせたのですが、一つ問題なのは拝謁が深水の独断だったことです。

当時、頼房は日向におり無事に生還できるか不明でした。

たとえ無事でも「島津加担の罪」で処断される可能性もあった。

深水は万が一の場合は弟・長誠を擁立する事態も想定し「保険として」秀吉にお目見得させたのでは?

というのがシオ推測なんです。

長誠は、相良家中で隆盛を誇る深水一族のいわば「手駒」

成長した長誠は、中城に居室を構えて移り住み、深水長智の養子・深水頼蔵の娘と結婚しました。



家督を巡る御家騒動が多い相良家・・・・頼房にとって深水一族の懐に入った長誠は「危険な弟」です。

長誠は「兄の家臣の列」に連なってはいない。

犬童一族と深水一族のパワーバランスの狭間で、危うい立ち位置にいる。

「朝鮮の役」の頃に、ついに深水一族VS犬童頼兄となり、犬童が勝利を治める。

さしもの深水一族も大きく勢力を削がれ、相良家中に犬童家に歯向かう者はいなくなった。

仕事キッチリの頼兄は、相良長誠に圧力かけて「深水頼蔵の娘」と強制離縁させてるんです。

仲睦まじい夫婦だったらしく、長誠はショックで病に倒れてしまう。

当時、頼房は二十歳前後なので、どこまで関わったか微妙だが、深水一族排除に関し頼兄に味方したのは事実です。

若年の頼房が当主としての基盤を確たるものにするためには「誰かが担ぎ出す可能性がある弟」を排除する必要があります。

ようやく立ち直った長誠は再婚するんですが、病気再発を理由に、再び頼兄が圧力かけて強制離婚。

失意の日々で病の床につき33歳の若さで亡くなった。

この頃になると頼房には嫡男がおり、当主スペアとしての長誠の存在は必要ない。

藩屏(はんぺい・徳川御三家みたいなもの)は、当主・頼房の直系から作るべきで余計な傍系は不要。

離婚させたのは、長誠の血統を残したくなかったからでは?

そして、それを願うなら犬童頼兄ではなく、地位を脅かされる可能性のある当主・頼房の方だろう。

頼房の嫡男が産まれた時点で、長誠が城を出て家臣(支族)になっていれば、違う最期だった?

相良頼房は、頼兄を巧みに使うことで、自分にとって不用・邪魔・危険な人物を排除したかもです。

シオ頼房はダークな件~~~,;.:゙:..:;゙:.:: (゚∀゚爆)ブハッ!

次回・御姫様の話・・・それは・またの話 by^-^sio

ブログ用画像~南洲さま
http://blogs.yahoo.co.jp/yuewannwann
兜・人物画像~橘朝臣幸麿さま
http://blogs.yahoo.co.jp/cfmjs676
家紋画像~ロンさま
http://blogs.yahoo.co.jp/kabiningen
相互リンク~ばんない様HPアドレス(戦国島津女系図)
http://shimadzuwomen.sengoku-jidai.com
参照先
(しいまんづ雑記旧録←戦国島津女系図の別館です)(球磨の部屋)(田舎暮らし/古文書館)
URLが弾かれるので貼れません~興味ある方は検索してください^^;
スポンサーサイト



コメントの投稿

非公開コメント

プロフィール

時乃★栞

Author:時乃★栞
筑前・筑後・肥前・肥後・日向・大隅・薩摩に気合いバリバリ。
豊前は城井と長野が少し。豊後はキング大友関連のみ。

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
カテゴリ
月別アーカイブ
アクセスランキング
[ジャンルランキング]
学問・文化・芸術
779位
アクセスランキングを見る>>

[サブジャンルランキング]
歴史
122位
アクセスランキングを見る>>
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR