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【プロローグ】人吉藩初代藩主編1栞55

シオブロ書庫に「〇〇初代藩主編」が多いのには、実は訳がある

それはシオが「偉大な父を持ったために苦労した息子」萌え 川* ̄д ̄*川ポッ だから

まぁ初代藩主限定・・・というわけでなく、年代によっては初代藩主じゃない場合もあります^^b

てことで、相良家だと高名な義陽より、その息子・頼房ファンなんですぅ(マニア杉

武将としての能力なら、頼房は父を凌ぐ(`・ω・´)キリッ と思いたい・思わせたい~オタクのシャウト

初代藩主編第三弾?~~新章・人吉藩初代藩主編スタート^^/

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相良家紋

さて、関ヶ原/大垣城編にある西軍から東軍への寝返りと軍功で、相良家は人吉2万2千石を安堵された。

義陽の全盛期時代と比べると、かなり目減りしたが 小なりといえども本貫地を死守 したんですから立派なものです^-^

活躍した相良家老・犬童頼兄(いんどう よりえ)は、主君・相良頼房と共に徳川家康に拝謁。

これにより頼兄は、陪臣の身ながら「御目見得」格となりました。

陪臣が将軍家に拝謁するには、初回は主君の同席or推薦状必携なんです。

が、二度目以降は「御目見得」資格保持者として、単独での拝謁が可能になります。

つまり、頼兄は「相良家に何事か生じた時」は「将軍家(幕閣)と直接交渉することが出来る」スーパー重臣となったの。

「御目見得」の家臣がいることは、相良家にとってステータスになると同時に諸刃の剣でもあります。

「将軍家見知りおき家臣」は、たとえ主君といえども軽々に身柄をどうこうすることが出来ないからです。
(勝手にやると将軍家の威信を傷つけることになる)

むろん、豊臣政権五大老筆頭の徳川家康に拝謁した時点では、そこまで相良頼房も計算してなかったでしょう。

「御目見得」云々は、徳川将軍家・江戸幕府の権威が強くなるにつれ、やかましくなってきたんです^^;
さて相良家の周辺は・・・といいますと、まず寝返り仲間の秋月家・高橋家が領地安堵。
相良以前に寝返り済の伊東家も領地安堵・・・だったが高橋家と揉めた^^;
1601年に高橋と伊東が揉めた原因である城が、伊東家から高橋家に返還で解決。
(詳細は別章で扱う予定)
1602年に島津家が領地安堵決定。
同年に伊東家で「稲津の乱」が起きるが飛び火することなく終息。
天下分け目の関ヶ原の余燼は、おさまりつつありました。

1602年11月28日~相良家は青井阿蘇神社の両脇に祠を建て慈悲権現を鎮座。
相良家に祟りをなしたという老婆と飼猫・玉垂チャンの御霊を安んじたそうな。

この祟りの真偽は別にして、相良家では領内の人心を宥める効果を期待したことだろう。



人吉城二の丸跡

大垣城では義理と実と兄弟同士で協力してた相良家と高橋家。

だが関ヶ原以降に両家は国境問題で揉めてたらしい。

揉めた土地が米良と椎葉~~現地に住む国人たちをガン無視なのは毎度のことですな( ゚Д゚)y─┛~~~


言われてみれば解らないでもない。

父・秋月種実に似て策謀上手の高橋元種は、関ヶ原前に高千穂・三田井家を滅ぼし領地ゲッツしてるんです。

さらに米良領も我が物にしようとするんですが、こっちは失敗。

この高橋元種の動きを、米良・椎葉を挟んで隣にある人吉・相良家が快く思うはずがない。

「関ヶ原の戦い」で一時中断してたが、1603年に椎葉山と米良山の所属をめぐって訴訟に発展した。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・豊臣家と江戸幕府のドッチに訴え出たんだろう( ̄ω ̄A;アセアセ

仲介役が片桐且元と黒田長政なんで、どっちとも判断つかないなぁ~(参照先に記載なし)

とにかく仲介二人は「相良氏は米良山を、高橋氏は椎葉山をあずかってはどうか」と提案したそうだ。

肝心の提案後が判らないのだが、結果からみると受け入れたようにも思う。



「専横があった」として後に失脚する犬童頼兄。

だがシオは「頼兄の専横」には、主君・相良頼房が一枚噛んでる(`・ω・´)キリッ と推測している。

相良家臣は主君・頼房を「まれにみる大剛の将」と褒め称えている。

朝鮮の役での頼房の奮闘ぶりを見ると、決してお世辞ではない。

相良頼房は家臣の専横に・゜・(PД`q。)・゜・メソメソ悩むようなヘタレ当主ではないはずです


そもそも犬童頼兄に大きな権限を与えたのは、頼房の方だろう。

そして、そのキッカケとなるのが、この国境問題ではないだろうか?

頼房には頼兄の辣腕が必要で、そのために彼を意図的に引き立てた・・・というのは穿ちすぎだろうか。

元より史料的な裏付けがとれる推測ではないので、頼房ファンのシャウトと軽く読んでお付き合い頂ければ幸甚です^-^

頼兄の専横や椎葉とのからみ、それは・またの話 by^-^sio

ブログ用画像~南洲さま
http://blogs.yahoo.co.jp/yuewannwann
兜・人物画像~橘朝臣幸麿さま
http://blogs.yahoo.co.jp/cfmjs676
家紋画像~ロンさま
http://blogs.yahoo.co.jp/kabiningen
相互リンク~ばんない様HPアドレス(戦国島津女系図)
http://shimadzuwomen.sengoku-jidai.com
参照先
(しいまんづ雑記旧録←戦国島津女系図の別館です)(球磨の部屋)(田舎暮らし/古文書館)
URLが弾かれるので貼れません~興味ある方は検索してください^^;
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時乃★栞

Author:時乃★栞
筑前・筑後・肥前・肥後・日向・大隅・薩摩に気合いバリバリ。
豊前は城井と長野が少し。豊後はキング大友関連のみ。

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