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【相良義陽70_大口こぼれ話】

話は戻って島津の新納忠元。

彼が市山城在番の時(永禄9年・1568年正月~3月)に、出しそびれた逸話があるんです(以下の通り)

人物・新納忠元
幸麿さま作成_新納忠元イメージ画像(晩年)

永禄11(1568)年細かい月日不明

新納忠元の陣中に何方とも知れず鎌が飛来した

忠元は是れを吉端とし、諏訪明神の加護であるとして尊崇、
大事に祭ったところ、大口城は落城、菱刈隆秋は降参した。

よって忠元はこの鎌を御神体として社殿を里諏訪神社の側に建立し、飛諏訪神社と称した。
毎年七月二十五日には、忠元の裔孫新納家により祭祀が行われていた。

その後、忠元の領地であった現在地の木之氏に遷座した。
豊宇氣姫尊を祭神とする保食神社を境内に合祀している。

(鹿児島県神社庁HPより「飛諏訪神社(通称:オ諏訪様(スワサマ)鎮座地:伊佐市)

鎌が飛んできたって、暗殺されそうになったんじゃ・・・・^^;
無傷だったから吉端・・ってことなのかな^^

これは「菱刈史」にも無かった神社建立の由来です。
話の流れで盛り込めず、ちょっと残念だったので記事にしました^-^
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テーマ : 歴史
ジャンル : 学問・文化・芸術

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