【対立】福岡藩初代藩主編4栞歴29

三成が「朝鮮の役」の早期講和派だったのは、当時の武将たちは知っていた。

だから戦争を早く終らせるために、三成の秀吉への報告には、何らかの工作をしているのではないか?

と、武将たちは疑っていました。

そして実際に三成が握りつぶした訴えもあったんです。

それは吉川広家の家老・益田の訴えでしたが、三成は自分と同心している安国寺恵瓊のために、益田の訴えを取り上げなかったの。
(毛利家中で恵瓊と吉川広家&家老の益田は不仲)

だから武断派大名が「三成はエコヒイキする(怒」って言うのは、全くのデマではないんです。


文禄の役(1592年)で 父・如水や長政の友人たちも処罰され、揉めまくる三成。

慶長の役(1597年)では、長政とも揉めています(当然 揉めるのは 長政一人だけではない)

「第一次蔚山城の戦い」の時、加藤清正たちがピンチに陥り、その援軍として蜂須賀家政と長政が戦った。

ところが合戦後に「戦闘に参加していない」と報告されてしまうんです (゚ロ゚屮)屮ぇえっ!

蜂須賀家は秀吉との関わりが深く太閤記でも有名ですが、実は(朝鮮の役当時)長政の妻は蜂須賀家政の妹です。

その辺りの事情は、おいおい黒田長政編で語って参ります^^

で、実際には蜂須賀隊は浅野長政を救出するなど活躍しているし、長政も自分の軍から応援部隊を差し向けているんです。

長政本人が援軍に行かないのが悪いとのだとしても、長政だって自分の持ち場があるんです。

ゲームじゃあるまいし、右から左にスイスイ行けませんよ(怒)


報告したのは軍目付(ぐんめつけ=監視役)の福原長堯(妹の夫)・熊谷直盛(妹の夫)・垣見一直(近江出身)~

そろいもそろって三成の縁戚と三成の出身地の近江人(爆


他にも早川長政・竹中隆重・毛利高政も帰国の上、逼塞させられた。

長政は父のことがあるので、裏で三成が糸を引いていると思い込んでしまう。

これだけの規模で、しかも海外派兵ですから、軍目付だけで各陣営を回りきることは出来ません。

実際の現場の監視は検使(けんし)が派遣されます。

おそらく誤解とミスやタイムログが重なり、間違った報告が福原たちに届いたのでしょう。

そして不幸なことに、そのミスは精査されることなく秀吉の元へ届いてしまった・・・!




黒田家は父・如水の代で急成長したので、家老は如水の元同僚・同郷人が多い。

それだけなら名門以外の戦国武将みんながそうなんだけど、黒田家は他家とは事情が違う。

織田時代の時~信長に謀叛を起こした家臣の説得のために如水が乗り込むが、そのまま幽閉されてしまいます。

如水も裏切ったと早とちりした信長は、人質として預かっていた息子・長政の処刑を命じました。

幸い長政少年は秀吉の軍師・竹中に助けられ匿われていましたが、信長の手前、公式には死んだものとされた。

如水は良くて殺されているか、悪ければ織田を裏切ったと思われていた。

黒田家臣は織田家中で気まづいし、バカにされるしで、悔しさに歯噛みしつつもリベンジを信じて耐え抜いた。

そして、まだ身分の低かった家老の栗山が、如水・奇跡の脱出を成功させるのです。

「主君不在と嫡男不在」という武家としての異常事態を乗り切った黒田家中の結束は、非常に固い。

それは大変に結構なのだが「黒田家はワシらが守った!」という自負の強すぎるあまり、家老たちの長政への突っ込みは遠慮・容赦が無くなってしまった^^;;(愛情はあるけどね)

それでなくても父と家臣・後藤が天才なので、長政にかかる重圧は人一倍どころか、人千倍くらいのプレッシャーがかかった。

気が弱いものなら人格が歪みかねない環境で、長政が「自分らしさ」を主張できるのは戦場だけだったろう。

必死で頑張って上を目指して登ってきたのに「戦闘に参加していない」と報告され、長政は登ってきたハシゴを外されたような心地だったに違いない。

負けず嫌いの長政は凹む代わりに三成を激しく憎むようになるのだが、それは・またの話 by^-^sio
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