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【二代目の葛藤】福岡藩初代藩主編1栞歴26

知名度は父に喰われているが、関ヶ原で欠かす事の出来ない立役者!

それが黒田長政~武断派七武将の一人にして、後の福岡藩52万石初代藩主です^^/


御当地・福岡では大宰府天神様に観光客を完全に食われています^^

理由の一つとして「江戸期は養子で跡を継いでいったので殿様に馴染みが無い」。

他の理由としては、福岡商人に制限つきながら自治権が与えられていたので、藩という支配者層の圧力や重みが軽く済んだ・・・という幸運に恵まれたせいでもあります。

福岡藩経済の活性化のため、福岡商人に自治権を与えて商売を奨励したのが、藩祖・黒田如水と初代藩主・長政親子です^-^



天才軍師・黒田如水

息子の長政は決して凡庸ではなく優秀な武人で「関が原の戦い」における裏工作では、大器の片鱗も感じる。

ですが、何しろ「天才軍師」と言われた父・如水が余りにも偉大すぎました。

家臣たちも・・・時には父でさえ、長政が物足りなく感じてしまったようです。

黒田家は、元は播州という近畿圏の出身だったせいか、家老や家臣までズケズケ言う者が多い。

本音ぶっちゃけて、情容赦なく父と息子を比較し、長政にダメ出しをして来るんです。

そのため負けず嫌いで短気な長政は、しばしば家臣と大喧嘩をしてました。
(でも友達家中なんで、すぐ仲直りします)

親にとって子供は、どもかでいっても永遠に子供。

親子を比べても、勝ち負けなんて結果が出るもんじゃない。

同じ道を通っても違う人間になるのが「親子」なのだ。

だが親の人生を子供が受け入れ理解できるようになるのには、やはり年月と人生経験がいる。

後年、長政は嫡男に訓戒している。

長政:いいか息子よ、じーちゃん(如水)の良いトコを真似しようったって、ジーちゃんは並みのレベルじゃないんだから、できっこね~ぞ!それよか、ジーちゃん大雑把なトコあったから、そういう悪いトコをマネしないように努力しろよ。な!


実は長政の嫡男は、後にお家騒動を起こすほどの問題児で、長政は真剣に悩んでいたんです^^;

自分が親と同じ年代になって初めて、当時の親の切なさや心境が理解できるものです。

長政は、繰り返し自分に小言を言ってた家老たちの忠言が正しかったのを、息子を見て感じたと思います。

若いころの長政は、無鉄砲だし、すぐ調子にのる軽薄なとこもありましたからね^^b



黒田長政・甲冑

「関が原の戦い」の時、長政は32歳の立派な大人♪

子供のころのような、親に対する反抗期は終る代わりに、社会に出て世の中の仕組みや世間の大きさが判るようになり、親の凄さが具体的に判る年代です。

なんとかして「父を超えたい」という願望は、より具体的にもなっていたでしょう。

「オヤジを超えるのは無理でも流石オヤジの息子と言われたい」

「家老の栗山や母里や後藤又兵衛に“長政は我らが自慢の主でござる”と言わせてみたい」

※管理人:本人には気の毒だが全くイメージできません(爆

とはいえ豊臣秀吉が天下を取ったので、一揆の鎮圧とかあるものの大きな戦は最早ない。

「オレの人生、このまま尻すぼみかよ。。(ω・`))」

となっているとこにドカっと来るのが「朝鮮の役」です。

そして長政が父・如水に対し「2代目の葛藤」を抱いていなければ、三成をあれほど激しく憎むこともなかったかもしれないでしょう。

歴史上・空気を読めない男でダントツ筆頭の石田三成と、黒田長政の間に何があったのか、それは・またの話 by^-^sio

次週 黒田長政と朝鮮の役 たぶん その1  ,;.:゙:..:;゙:.:: (゚∀゚ゞ)ブハッ!
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テーマ : 歴史
ジャンル : 学問・文化・芸術

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Author:時乃★栞
筑前・筑後・肥前・肥後・日向・大隅・薩摩に気合いバリバリ。
豊前は城井と長野が少し。豊後はキング大友関連のみ。

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