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【相良頼房39_亀裂】




文禄4年(1595年)1月・・・朝鮮にいる相良頼房の元へ「石田三成家臣・黒川右近が検地の為に下向した」旨が伝えられた。

相良家も島津家と同じく、当主が朝鮮出兵で留守の間に検地が実行されたようだ。

その時に主君・頼房は、犬童頼兄を帰国させている。

どうやら前年の竹下監物(深水一族)誅殺以降、深水一族と犬童一族の対立は如実化しており、

それを懸念した頼房が、頼兄を帰国させたらしい。

石田三成家臣・安宅秀安は5月に犬童休矣へ下記のように伝えた。

(安宅秀安~石田家において主に島津・相良との折衝にあたった家臣)
「頼房の在陣は大事(竹下監物誅殺)の前のこと。

犬童休矣・頼兄父子と深水織部・頼蔵父子の諸事に渡る熟談を勧める。

両者の対立は大人げなく、第一に頼房の為にも宜しからず、

検地の実施に於いても、休矣・織部(ダディ同士)で熟談の上で、頼兄を上方に差し向けたのであろう。

そうでなければ、三成も非常に心配している」

相良家中における深水一族と犬童一族の相克は奉行たちの耳にも達しており、相良の御家取り潰しの可能性が示唆されていたらしい。

文禄4乙未年(1595年)黒田甲斐守(長政)が帰国し、その陣所が空いたので(相良頼房は)そこに移って翌申年まで在番した。

そのうちに、清正の陣に自分勝手な振る舞いが秀吉の耳に入ったので、その申し開きのため清正は帰国した【※】。

頼房も翌年5月に帰国し、直に京都に上り、太閤秀吉にお目見えのうえ事情を説明して、同年9月に球磨郡に帰着した。

(出典:南藤蔓綿録)

【※】清正の帰国

明との和平交渉について、小西行長・石田三成らから弾劾された清正は、秀吉の怒りをかい、
慶長元年(1596年)6月に帰国を命じられ、京都伏見屋敷に謹慎となった。

朝鮮から帰国してるのに、地元の土を踏まずに自ら京都へ報告・・・律儀なんだなぁ。

いや、そのくらいしないと宮仕えは務まらないか・・・。。。( ゚Д゚)y─┛~~

とにかく相良勢は9月にやっと故郷に戻り、戦塵の垢を落とし、マタ~リお茶 ~~旦(-^ )頂きます♪

じゃなくって、その前に出陣前に参詣した社に御礼参詣デショ! (._+ )☆\(-.-メ)オイオイ

母上(義陽の正室)&ママン(生母)に帰国の挨拶した?
留守中の検地の報告に目を通して! アタヽ(´Д`ヽ ミ ノ´Д`)ノフタ

忙しいながら、日常を取り戻しつつある時に「事件」が起きた。

慶長元年(1596年)10月13日~深水頼蔵が加藤清正の元へ出奔!




(監修様作画による、深水頼蔵と犬童頼兄のイメージ画像)

深水一族と犬童一族の確執は、抜き差しならぬものとなり、ついに最後の一線を越えて「頼蔵出奔」に至った。

深水頼蔵の実父・深水織部も息子に続いて出奔。

[球磨]ε=ε=(* ̄ー)ノノ[佐敷(現:熊本県葦北郡芦北町)]に住んだ。

家老の犬童頼兄は、頼蔵・織部の妻子を捕えて監視させたが、これに深水一族は反発。

恨みから町屋を殺掠する事件にまで発展する(犯行に及んだ9人が討ち取られ、残りは逃亡)。

また頼蔵の移り住んだ佐敷が深水氏縁故(★)の土地であった為に、

出奔を企てる深水一族が後を絶たず、犬童頼兄はその通路に待ち伏せさせ、一挙に73人を殺害した。

(★葦北は亡き深水宗芳(頼蔵の叔父で養父)が、豊臣秀吉に抜擢されて郡代官を務めた地です)

相良頼房は朝鮮の役で、加藤清正の陣に所属した。

頼房が国境の城を守り抜いたことに感動していた清正が、相良家を出奔した深水頼蔵・織部親子を匿った。

これは加藤清正と石田三成の確執・政争が絡んでしまった事によるらしい。

朝鮮でも加藤清正は(頼房が戦死した)と、早とちりしたりするあたり、意外と思い込みが激しいっぽい。

深水親子と対立している、犬童頼兄に「大嫌いな石田三成が肩入れしている」とでも思ったのだろう。

あるいは深水頼蔵が清正に対し、そのようなことを言外に匂わせたかもです。

相良家の検地は石田三成(正確に言うと家臣を派遣)が行っており、その時期に頼兄も帰国してるので、

傍から見れば「一連ナカマ!((( ^-^)爻(-)))ナカマ!托生」に感じたかもです。

主君・頼房が案じて頼兄を帰国させたのに、既に関係が拗れまくってたので、悪意でしか物事を判断できなくなってた。

一族が殺されたことを知った頼蔵は「頼兄の深水一族への行為は私怨によるものである」として石田三成に訴え出た


相良家中の争いが「公儀の俎上」に乗っただが それは またの話^-^

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筑前・筑後・肥前・肥後・日向・大隅・薩摩に気合いバリバリ。
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