FC2ブログ

人斬り兵部(趣味全開)

「では、福島家では何としても、伊奈図書の首を要求しているのですな」

そう念を押す井伊直政の容貌は、壮年となっても秀麗だった少年の頃の面影が残っている。

彼の主君、徳川家康は「うむ・・・」と、眉間にシワを寄せ、本当に困った表情をした。

「大事の前の小事。今かの者にへそを曲げられて国元へ兵を帰られては、
これまで積み上げたことが台無しになります。後はワシにお任せ下さい」

「うむ・・・」再び家康は同じ言葉を繰り返すと、敢えて多くは言わず有能なお気に入りの家臣に全てを委ねた。



「なに?井伊殿がお見えだと?書院へ御通ししろ」

伊奈図書(いな ずしょ・図書は官位名)は家臣の言葉に、澱みなく指示を出したものの、
内心(はて、何事であろう)と不審に思った。

慶長5年・・・上杉征伐のために会津へと向かう途上で、佐和山で隠居していた石田三成が大坂で挙兵した。

そのため急遽、兵を上方へ向かわせることになり、その準備で何処もテンテコ舞いだった。

官僚系家臣である伊奈も、関所の警備や駐屯する兵の宿の手配に物資運搬と、目の回るような忙しさだが、
武官であり徳川軍団・四天王の一人である井伊直政の忙しさは、伊奈以上のはずである。

書院へ入ると井伊は戦が目の前というのに、裃の正装で上座に座っていた。

「役目によって、こちらへ座るのをお許し願いたい」
穏やかな井伊の表情だが「役目」という言葉に伊奈に緊張が走った。

伊奈が下座し一礼すると、井伊は仔細を語った。

ことの起こりは福島家・家臣佐久間某が、伊奈の警備する関所を通過しようとし、揉めたことから始まった。

福島正則は家康から「伏見城警備」を託され、そのために伏見城へ使者として家臣を派遣したのだが、
どういう手違いか、福島正則が警備を託されたことが末端にまで伝達されていなかった。

メンドクサイ・融通の利かないことで定評のある三河武士(つまり伊奈の部下)が、関所通過を許可しなかったのだ。

徳川家康は「相手を喜ばせるためだけの口約束」を時に用いる場合があり、
福島正則へ「伏見城警備」を頼んだのもソレだったらしい。

だが直情径行の福島正則は本気で警備すべくハッスルし、家臣を派遣してしまったのである。

伊奈の部下に関所の通行を阻まれ面目を失った福島正則の家臣は、
主君へ用向きが不首尾に終わった事を報告すると自害してしまった。

これに激怒したのが福島正則である。

酒の上での失敗が多い彼だが、家臣を何よりも大事にすることでは余人に抜きんでており、
「ワシの家臣・佐久間の無念を晴らすために、馬鹿な部下を制御できなかった伊奈の首を寄越せ!!」
と、徳川家にクレームを捻じ込んだ。

「・・・そのことなれば、関所を直接担当していた家臣の首を送ることで決着したのでは?」

伊奈は脇の下に汗をビッショリと掻いていた。

気の毒だが家臣に責を負わせることでケリがついたと思い、
伊奈は福島家とのイザコザなど忙しさに紛れて既に忘れかけていたのだ。

「本来であれば、それで事が済むのだが、何しろ相手は福島家だ。」井伊は穏やかに話を続けた。

「主君が主君なら家臣も家臣。佐久間某とやらは自害するとき、よりにもよって指腹をしたのじゃ」

「さ・・・指腹!!」伊奈は事の重大さに愕然とした。

指腹(刺腹かも・汗)とは、ケンカなどで自害する時に意趣のある相手を指名してから切腹することで、
指名されたら、相手も言い逃れは許されず自害しなければならない。

指名された本人が拒絶しても、主君が主命でもって自害させて、相手方とのトラブルを回避するのである。

自分も自害する代わりに遺恨のある相手も殺すことが出来るという「究極の復讐方法」だった。

「で・・では彼奴が指名した相手というのは・・・ワシを・・ワシの・・・」
伊奈の最後の言葉は悲鳴に近かった。

「殿は何も仰せにはならぬ。だが役目の者が訪れた・・と、なれば察するのが奉公というものでござる」
井伊の穏やかな声音が、伊奈には地獄の番人のように冷たく聞こえた。

「お断り致す!!こんな理不尽が・・・ワシも先に切腹したワシの部下も、己が職分を守っただけでござる!!」

伊奈は興奮して声を荒げ「納得できぬ!理不尽!」と叫び続けた。

伊奈の醜態を黙って眺めていた井伊が口を開いたが、それは声を発してはおらず、口をパクパクと動かすのみだった。

井伊の不思議な行動に気づくと、伊奈も大人しくなったが先ほどまで喚いていたのでハァハァと肩で息をしている。

さらに井伊は俯きながら「・・・・・」ボソボソ・・・と呟いた。

「??・・・井伊殿?」我に返った伊奈は、井伊の様子に思わず腰を浮かせて近寄った。



ほんの一瞬の出来事だった。

井伊は伊奈から、彼の脇差を奪い取ると、後ろに回り込み伊奈の腹を、その脇差で刺した。

「ひ・・兵部(井伊の官位名)殿・・」「役目だと申しておる」井伊は何処までも穏やかな声音だ。

戦場で鍛えた井伊に後ろから羽交い絞めにされ、文官である伊奈は完全に抑え込まれていた。

(・・・人斬り兵部・・・)伊奈は途絶えがちな息の下で、井伊の部下が上司の余りの厳しさに付けた仇名を思い出した。



「伊奈・・騒がずに良く聞け。」井伊が伊奈の耳元で囁いた。

「脇差は急所を正確に刺した。臓腑に達しておるので血の色も真っ赤ではない。臓腑から出る黒い血だ。
故にそなたは間もなく死ぬ。良く考えろ。何か言い置くことは無いか?」

意識が遠のきかけていた伊奈だったが、井伊の言葉に正気を取り戻した。

次の間には井伊の家臣と伊奈の家臣が控えている。

おそらく書院の中での伊奈の怒鳴り声に耳を澄ませていただろう。

「い・・・井伊殿・・・伊奈の家督が・・・家督を・・・どうか・・」

井伊に抑え込まれて腹を刺された・・・この見苦しい有り様では、伊奈家が取り潰されてしまうかもしれない。

死を目前にした伊奈の言葉は悲痛な響きを伴った。

「案ずるな。殿には、そなたが立派に自害したと報告する。伊奈の家督は、そなたの本家が良きように計らう。安堵せよ」
「です・・が・・・こ・・の・・体たらく・・では・・・」
伊奈は虫の息一歩手前で、気力だけで持っている状態だ。

「大丈夫だ」井伊は、そういうと伊奈の右手を手に取り、彼の腹にある脇差の柄を握らせた。

伊奈が自ら自害したように偽装しようとしているのだ。

「か・・・た・・じけ・・ない」伊奈は、そういうと残る力を振り絞り、脇差の柄をぐっと握った。

伊奈が己が力で握るのを見ると、井伊はその伊奈の拳ごと更に奥深く脇差を刺した。

最初の井伊の一刺しは、伊奈に覚悟を促すために、わざと急所の手前で止めていたのだ。

最後の一突きで伊奈は絶命し、力なく膝から崩れ落ちた。

伊奈の残る左手も脇差に充てて、その身体を伏せると、まるで伊奈自身が切腹したかのようにしか見えなかった。

戦場で死線を潜るうちに、身に着いた技であろうか。

伊奈から離れた井伊の身体は、髪一本・息一つ乱れていないだけでなく、返り血一つ浴びてはいなかった。



井伊は次の間に控えている家臣を呼ぶと、後始末を託した。

家臣たちは伊奈の首を落とすと、手際良く用意していた首桶に入れた。

「それを持って福島家にお届けしろ。」

井伊が主君の元へ報告に戻ると、家康は疲れをほぐすため、夕餉の後すぐに寝所に下がっていた。

「全て片付きましてござる」井伊はそれだけを言った。

伊奈家の後のことは、家康が判断する。井伊の進言は無用だろう。

「あむ・・・御苦労。そちも休め。」寝所の奥の家康も声に安堵があった。

井伊は主君の言葉に満足すると同時に、このような騒ぎを起こす福島正則に対する不満が渦巻いた。

(伊奈一族は、譜代で良き文官ぞろいの一族だけでない)
(伊奈図書の家は4代に渡って当主が徳川の為に戦い戦死(姉川や小牧など)している良き家であった・・・)
(それをむざむざ福島ずれのために失ってしまった・・・このことは忘れぬぞ)
(石田と噛ませ合うために、福島は必要だ・・だがその後は・・・。)

福島正則の事は、また話し合うことになるだろう。

夜空に星が流れているのを一瞥すると、井伊は自分の陣所へと静かに下がった。

************************************************

趣味全開で短編小説風~
戦国にスイーツは無用!このくらいシビアで男臭い時代劇を観たいですね~~~(*´艸`)
スポンサーサイト



コメントの投稿

非公開コメント

Re: 鳳山様

> なかなか面白い記事でした。

この記事を書いた頃って大河が「GO」だったから、ジャンルとしてのスイーツ系にゲンナリしてたんです。
井伊直政をカッコ良く書きたかったので、伊奈の性格は100%オリジナルです。

コメントありがとうございました^^

No title

なかなか面白い記事でした。私は詳しく調べてないんですが伊奈図書は融通は利かないものの実直な文官というイメージでしたので新鮮でした。
プロフィール

時乃★栞

Author:時乃★栞
筑前・筑後・肥前・肥後・日向・大隅・薩摩に気合いバリバリ。
豊前は城井と長野が少し。豊後はキング大友関連のみ。

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
カテゴリ
月別アーカイブ
アクセスランキング
[ジャンルランキング]
学問・文化・芸術
653位
アクセスランキングを見る>>

[サブジャンルランキング]
歴史
111位
アクセスランキングを見る>>
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR