FC2ブログ

【決戦タDAYONE!?】相良氏、義陽編15

恋する3アミーゴの愚行が原因で、球磨奉行職・重臣二人(東長兄と丸目)が大ゲンカ~
ついには相良家中を二分する争いになってしまった。

東長兄は「言う通りにしないと謀反しちゃぅもん(pq)グスン」と主君に泣き脅しをかけて、自分が有利になるように画策。

屋敷を東長兄の手勢に襲われ、追い詰められた丸目は、縁戚の東直政が城主を務める湯前城に一族郎党を連れて避難~~~
(人吉城の近所なんです^^)

謀反に難色を示していた湯前城主・東だったが、後見役に説得され「こうなっては腹をくくるしかない」
と、止む無く「主君に弓引く」籠城戦を決意したのだった。


家紋・相良(相良家紋ロゴ)

球磨地方最大の戦「獺野原(うそのばる)の戦い」
の前哨戦「奥野一度橋の戦い」は謀反サイド・湯前城側の勝利に終わった。
主君・義陽側大将の犬童頼安(いんどう よりやす)は殿軍の時に手傷を負ってしまう。

初戦で勝利し、兵糧を城へ運びこむ事が出来た湯前城側だが、手放しで喜んでもいられない。
なぜなら籠城は永遠に続けることは出来ない、いずれは何処かで行き詰まるからだ。
湯前城の東直政と丸目は日向椎葉の那須氏に援軍を頼んだ。

この戦いの果てに展望があるわけでない・・・起たねば滅ぶから戦うしかなかったのだ。
籠城で心が揺れる湯前城側に一つの情報が入った。

情報「人吉から多良木へ軍が入り、湯前城を攻撃する」
1559年8月15日、情報(実は誤報)を元に湯前城・東直政は恒松蔵人を多良木城攻撃に向かわせた
多良木城主は岩崎と言うのだが、実は甥っ子が敵である湯前城兵として籠城していた( ̄ω ̄A;アセアセ

「あぅ~このままじゃ叔父さんが死んじゃう~(;;)」

岩崎の甥は、自分の侍女を城外へ出し、湯前城の出兵情報を多良木城へ漏らしちゃった^^;
なにせ地方の内輪揉めだから、敵も味方も知り合い・縁戚ばかりで、どうにもグダグダしてます^^;

湯前城から出陣した恒松蔵人は、多良木兵の伏兵に合うが o( ̄ー ̄θ★ケリッ 撃破!
恒松蔵人~撃破した勢いで多良木城を攻撃するが落城には至らず。
「ちぇっ」と仕方なく獺野原(うそのばる)に陣を布いた。
(※獺野原(うそのばる)~今は桑畑になってて、場所は現在の多良木町黒肥地村にあり、天狗伝説を紹介した「あさぎり町」の隣町です)


同8月16日、湯前城・東直政+丸目+恒松蔵人+日向からの援軍・那須VS犬童率いる人吉兵+深水率いる多良木兵他が獺野原(うそのばる)で激突した
決戦前、犬童頼安は多良木城兵を率いた深水に対し「人吉衆が大軍に当たるので、多良木衆は横から攻めて欲しい」と言った。

すると深水は「これまで籠城して我慢してきた。自分らに先陣を任せてくれなければ、これから恥ずかしくて戦など出来ない」と反論する。
犬童が「あのね・・・そういうことじゃなくて・・」諭そうとすると、
深水は逆切れ「(# ゚Д゚)・;'.なら勝手に攻め込んで討ち死にしちゃる!」犬童と険悪な状況になった。

大将とはいえ、犬童は過去に謀反に加担して出奔した黒歴史があり、最近許されて帰参した「帰り新参」だ。
前哨戦である「奥野一度橋の戦い」でも敗退してることこもあり、あまり強くも出られない。
結局は犬童が折れて深水に先陣を譲った。(; ̄ ・ ̄)=3 フゥ

目が(▼ー▼)こんな感じになってヤル気満々の深水は、自陣に戻ると「討ち死にする覚悟のある人間」を選抜。
その者らに酒を一杯ずつ振る舞い出陣。
途中にある川を「三途の川」に準えるほど、斜め上にテンションが高い。
彼等は「三途の川(仮称」を渡って、獺野原の敵陣に向かう坂を登る途中で交戦!








交戦したんだけどぉ~~~深水率いる多良木兵は緒戦で壊滅&深水本人も討死ヽ(。_゜)ノ へっ?
生還を期せず死を覚悟した死兵は、ドラマや小説だと無双なはずなんだが、必ず勝つとは限らないものなんだな~~(-ω-;)ウーン

一方、世功者の犬童頼安、自軍を率いて密かに敵の背後にある坂を登らせ、背後から敵を攻撃!
背後を突かれたのだから湯前城側が崩れる・・・・・のが普通の流れだが、そう上手く運ばなかった。
何度も言うが「地方の内乱」は「大将から一兵卒に至るまで」「敵も味方も知り合いだらけ」

親・息子・兄・弟・叔父・甥・( ̄▽)人(▽ ̄)友達♪・同輩・従弟にハトコに鎧親やら元服の世話役等々・・・
ついこの間まで酒を酌み交わしてた相手の腹に、槍を突き立てる気になんかなれないぉ。。(ω・`))
本気が出ないので、決着もつかず、ダラダラーーーとした交戦状態が続く。

そのうち謀反サイド恒松兵に連戦の疲れが出て「ヒザカックン状態」に~そこを人吉兵が押し始め一気に乱戦!!
その乱戦に巻き込まれ、東直政率いる兵が壊滅!
東直政と恒松蔵人を含めた180余人(人数は諸説あり)が討死した。

丸目は日向へ逃亡し、伊東家に再就職したものの「木崎原の戦い」で討死したそうだ。
留守を預かっていた湯前城の城代は「敗戦」の報を聞くと城に火をかけて自害。
丸目の母親と「恋する3アミーゴ」が連れ出そうとしていた恋人の侍女たちも、共に寺で自害した。


恋する3アミーゴ・・・児玉・早田・深水(相良家中に多い名字です)たちは、大きくなる騒ぎが怖くなって逃亡したものの、アテがあるわけじゃない。
愛しのハニーが「自分たちの行動」が引き起こした戦の巻き添えで自害したのを知って、完全に自暴自棄になっていたそうだ。

内乱の翌年・・・アミーゴとアミーゴに余計な智慧を授けた宗慶寺の僧侶・智勝は捉えられ「城下引き回しの上、処刑」彼らの首は罪人として晒された。

ところで、この僧侶なんですが・・・・( ̄ko ̄)<化けて出たそうです・・・

宗慶寺の途中の道で夜な夜な首だけの姿で ヘ(ーーヘ)(ノーー)ノヘ(ーーヘ)(ノーー)ノウラメシヤ~~
調伏できなかったらしく、困った宗慶寺では寺を移転する羽目になったそうだ。

死者180余人で「球磨地方最大」とは大袈裟に思うかもだが、一地方限定の内乱ですから規模は押して知るべし^^
戦い終わって日が暮れて・・・・
戦死者の中に知人がいない方が少ないだろう・・・相良家中一同・・・リアル【喪中】 

16歳の若き当主・相良義陽は苦い勝利の味を知ったのだが、それは・またの話 by^-^sio

相良編は、ここで一区切り~次は筑前戦国史・秋月種実編です(^ -)---☆Wink
スポンサーサイト



テーマ : 歴史
ジャンル : 学問・文化・芸術

コメントの投稿

非公開コメント

プロフィール

時乃★栞

Author:時乃★栞
筑前・筑後・肥前・肥後・日向・大隅・薩摩に気合いバリバリ。
豊前は城井と長野が少し。豊後はキング大友関連のみ。

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
カテゴリ
月別アーカイブ
アクセスランキング
[ジャンルランキング]
学問・文化・芸術
563位
アクセスランキングを見る>>

[サブジャンルランキング]
歴史
103位
アクセスランキングを見る>>
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR