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【前哨戦・奥野一度橋の戦い】相良氏、義陽編14

八百屋お七は「恋しい男会いたさ」に放火の大罪を犯した。

相良家の「恋する3アミーゴ」は「恋人を丸目屋敷から連れ出したい一心」で、
彼女らの主君・丸目と彼の同役・東長兄にウソを吹き込み、争わせるという愚行に走った。

だが市街戦⇒籠城になるまで騒動が発展してしまうのは、ママン内城の仲裁役の人選に問題があったからだ。

ママン内城が穏便に納めようと選んだはずの湯前城主・東直政は、仲裁役なのに「殺るか?殺らないか?」の二者択一と思い込んで大張り切り。

ママンが「元サヤになればOKよ~」と言うと(え~それ期待外れ~)と。。勝手に(ω・`))ガッカリ
あろうことか争いの一方である丸目の元へ訪問し「ワシは丸目殿を応援しますぞ!」と宣言。

そんな仲裁役に「自分が不利」と感じた東長兄が先手を打った。
主君・相良義陽と生母・内城に対し「言うこと聞かないと謀反しちゃぅもん(pq)グスン」と泣き脅し。
東長兄は「御身の安全のためです」と、義陽とママンを人吉城から赤池城に連れ出すことに成功する。

「玉(主君と、その生母)」を手中にし「大義名分」を手に入れた東長兄は、人吉城下の丸目屋敷を攻撃した。
突然の攻撃に丸目は抵抗する準備が無く、やむなく妻子眷属郎党を連れて「応援します」宣言してた東直政の湯前城に避難する。

城・人吉城・三の丸跡から見た球磨川と人吉市内
(人吉城三の丸から見た球磨川と人吉市内)

でもって丸目が引き連れた郎党の中に、恋する3アミーゴが連れ出す予定だった侍女たちも含まれていたんです。
アミーゴの愚行が、大事な恋人まで巻き添えにした大騒ぎに・・・。゜゜(´□`。)°゜。マイハニー!!
もういまさらホントの事は言えない~~~3アミーゴは職場(人吉城・詰衆)放棄してバックれ~~


丸目が屋敷を逃亡した時に、実は丸目のもう一人の同役・深水頼金の末っ子・左近が従ってた。
深水左近は湯前城に行く前に、友人の佐牟田の屋敷に出向き、最期の暇と、手拭いを形見の意味で交換した。

で、湯前城でこれを同僚らにシミジミ~と話すと、

同僚「敵として相まみえる可能性の者と形見の取り替えは聞いたことがない。むしろ差し違えるべきだったろう~ワロス」
と嘲笑され「確かにそうだった(-ω-;)」と深水は納得し、心中深く決意する。

一方、丸目一党を受け入れた湯前城主・東直政だが、受け入れはしたものの謀反には難色を示した。
湯前・東「応援はする」だが「殿様に叛いてまで丸目に同心するなど思いも寄らなかった」と加担を拒否したんです。
だが東直政の後見役・上田兵部が説得したので、ようやく謀反に応じたのだった。

1559年・・肥後・球磨地方における最大の戦「獺野原(うそのばる)の戦い」は、こうして幕を開けた

ここまで騒ぎになる前に何とか出来なかったの?・・・という批判は酷だろう。
相良家18代目当主・相良義陽は、まだ数えで16歳。
重臣たちが年甲斐もなく争うのを押さえつけるだけの力が無い。
とはいえ、手をこまねいて事態を傍観してたわけではない。

1559年7月29日・・・一昨年に謀反を起こして日向へ亡命していた上村頼孝が許されて兵700を連れて帰還する

人物・相良義陽 義陽イメージ画像

義陽の後見役だった実祖父・上村頼興が死んで以来、相良家はピンチの連続だった。

1557年、上村3兄弟が謀反を起こし日向へ逃亡する。
1558年6月、夜空に凶事の象徴である彗星が出現し、義陽の婚儀が延期。
1559年、名和氏が八代へ侵攻&大隅の菱刈家に水俣城を奪われている。


謀反を起こした上村頼孝は、日向の北原氏のバックアップを受けていた。
名和・菱刈だけでなく日向の北原まで、内訌に付けこんで介入してきたら・・・義陽は戦慄しただろう。

僧侶・東出羽を召し出し「叔父を日向から戻るよう説得工作して欲しい」と依頼した。
北原家に利用される前に叔父を何とかしなければ・・・・アタヽ(´Д`ヽ ミ ノ´Д`)ノフタ

東出羽が何と言って上村を説得したか解らないが「義陽が叔父に対し、それなりのポジション」を約束したのは間違いないだろう。
上村は兵700と鳴り物入りで(* ̄ー ̄*)エヘン・ワシエライ~っと相良領へ帰還する。

菱刈への対応があるので「大口城在番衆」を戻すことが出来ないし、
名和への対応があるので「八代」の兵力を割くことが出来ないし、
内訌で混乱している相良家にとって「兵力」は喉から手が出るほど欲しいものだ。

逃亡中の上村には、それだけの兵力を集める資金力があるとは思えない。
おそらく、北原から借りたか、伊東の介入で北原から分かれた一派を取り込んだのだろう。

とにかく、これで兵力の心配と北原からの介入への不安は解消された・・・
これで後は籠城した湯前城を攻撃することに集中できる(=^・ω・^=)v ブイ

家紋・相良
(相良家紋~ちなみに湯前町は人吉市の側です~城郭跡には「縁結び」で有名な里宮神社があります)

事前準備なし勢いで籠城しちゃった湯前城~当然ながら兵糧が足りない^^;
そこで兵糧を運ぶために人夫と護衛兵を出した。

その情報をキャッチした義陽は「帰り新参・犬童頼安(いんどう よりやす)」に攻撃を命じる。
犬童は「奥野一度橋」でこれを迎え撃った。

湯前城から出兵した兵糧の護衛兵の中に、同僚に笑われた深水左近がいた。
戦闘が始まると、深水は友人・佐牟田の前で手拭い放って「自分がいる」ことを知らせた。
二人は互いに槍を合わせ、双方ともに討死したそうだ。
       ・・・・・・・もしかして衆道な仲だったのかなぁ・・・・・・

「奥野一度橋の戦い」は犬童の敗北に終わった。

退却する殿軍の中に犬童の放浪時代の仲間・宮原がいて、途中で負傷してしまって動けなくなった!
仲間思いの犬童「み、宮原!!Σ(´Д`;) 今助けに行くぞ!!」
何と犬童は一軍を率いる身で殿軍の中に戻って、宮原を救出したのだ。

手柄を狙う湯前城兵が群がるのを必死で交わし、犬童も負傷しながら何とか危難を脱する。


決戦は刻一刻と近づき、親兄弟一族が敵味方に分かれる「内訌による戦」が始まろうとしてるのだが、それは・またの話 by^-^sio 
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テーマ : 歴史
ジャンル : 学問・文化・芸術

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Re: No title

あり?( ゚д゚)

そうでしたか^^;
ちょっと本文を修正します~アタヽ(´Д`ヽ ミ ノ´Д`)ノフタ

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時乃★栞

Author:時乃★栞
筑前・筑後・肥前・肥後・日向・大隅・薩摩に気合いバリバリ。
豊前は城井と長野が少し。豊後はキング大友関連のみ。

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