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【叔父の謀反・4鎮圧】相良氏、義陽編10

雲羽神社の天狗さま(出典:あさぎり町HP)

相良義滋が永里のお城に逃げ込んだ弟の瑞堅(ずいけん)を討伐するとき、
隣村の上村城主・上村頼興に加勢を頼みますが、頼興は、はじめ「天狗さま」の難を恐れて永里攻撃をためらいました。
しかし、頼興の長男(晴広)を殿様の跡継ぎにすることを約束すると、意を決してまず雲羽神社を焼き、そして永里城を攻撃した。
瑞堅はのがれて近くの金蔵院という寺に入り、寺に火をかけて自決する。
「テン(雲羽神社の東約500mに位置する土地)」の上空には、異様な叫び声をあげながら飛び廻る「天狗さま」の大群がみられたといいます。
村人たちは、恐らくは上村氏も50年のうちには亡んでしまうに違いないと噂した。(一部省略しました)


1557年3月15日、相良義陽(よしひ・18代目当主)は、島津家の大物支族・伊集院氏と佐敷で会見する(内容不明)
その一か月後の4月14日、相良家の同盟相手である菱刈家が、伊作島津家(実質宗家)の攻撃を受け死者258人の損害を出した。

義陽と島津と何らかの密約があったのか?
菱刈が義陽と島津との密約を疑ったのか?
はたまた菱刈家が相良を疑うように仕向けた、伊作島津家の陰謀なのか?

いずれにせよ、菱刈家の菱刈重任は上村兄弟の謀反加担の誘いに応じ、その瞬間、半世紀以上に渡る「相良家と菱刈家の同盟関係」は破綻した。

菱刈重任は、16代当主義滋の娘を妻に迎えており、系図的に義陽から見て義理の叔父にあたる人物です。
1530年に義滋が大口城を攻略した時に、連携プレー組んだのが菱刈重任。
当時20代だとすると、この時期50代か、それ以上だろう。

菱刈家は記録が少なくて、この謀反加担が菱刈の総意なのか、重任のスタンドプレーなのかが判別しづらい。
だが重任は菱刈14代当主の兄弟であり、菱刈15代当主の叔父にあたる人物。
そういう人物が動いたら、菱刈サイドが「えっナニソレ?聞いてないよ~」では済まされないのは明白。
菱刈重任にすれば「成功すれば菱刈の家中も付いて来るだろう」と考えていたかもしれない。

家紋・相良 相良家紋ロゴ

ウィキペディアには「上村兄弟が相良領地を兄弟で分割支配するつもりだった(三郡雑説・出典不明)」とある。
素朴な疑問なんだが、謀反成功後に領土3分割して、北原と菱刈への見返りはどうするつもりだったのか?
いまいち腑に落ちない(-ω-;)ウーン

更に上村兄弟は皆越地頭も誘ったが o( ̄Д ̄θ★ケリッ!「断る!」と振られた。

そうこうしているうちに季節は巡り

6月2日~上村兄弟の謀反がバレる
6月4日~相良軍・人吉勢が討伐のために動き出す


6月15日、久木野城から菱刈重任が湯浦方面へ侵攻
7月9日、相良軍の津奈木・水俣・湯浦勢が反撃o( ̄ー ̄θ★ケリッ⇒菱刈を追い返す
7月25日、久木野城が落城&菱刈重任が戦死
個別認識が浸透する間もなく、謀反加担の菱刈重任が退場~~~

でもって同じく謀反加担の北原氏だが、上村兄弟の求めに応じて、兵500を出す。
皆越地頭が謀反加担を拒否った情報が、北原に伝わってたのかもしれない。

北原兵500、日向から相良領に入る時、皆越ルートを使わず、大畑ルートより侵攻!
一之坂で北原勢が球磨勢と激突!
一話使って紹介した北原の兵は、前後を伏兵に襲われ壊滅!

さぁって上村兄弟だ~~~アタヽ(´Д`ヽ ミ ノ´Д`)ノフタ

6月12日、豊福城主・上村頼堅が落ち延び先で捉えられ殺される。
妻子は出頭したが、その後の行方・生死の記録は無い。

8月16日、岡本城落城。上村兄弟の末弟・稲留長蔵は、北原を頼って日向・飯野へ亡命
同日、皆越降参申候
9月20日、上村城落城。上村頼孝は北原を頼って・・以下同文

皆越地頭ですが、南藤曼綿録だと上村兄弟に加担してない事になってるんですが、八代日記には「降伏」とあるので加担してたかも?です。

6月から9月まで、鎮圧に3か月かけて、ようやく叔父たちの謀反は幕を閉じた。
本来であれば、最も近い血縁として若き当主の義陽を支えるはずだった上村兄弟。

まだ若年である義陽には、日向へ逃亡した叔父たちに止めを刺すだけの余力は無かった。
2年後に上村頼孝・稲留長蔵の両叔父を赦し、日向から相良へ呼び寄せている。

だが、本心から赦したわけでは無かったらしい。
さらに、その後に彼らは粛清されてしまう。

亡き上村頼興の容赦ない手段は、相良家中で無用の恨みと畏れを買っていたのだろう。
実は上村関連の祟り&呪詛話は、冒頭の「天狗さま」、義陽編で紹介した「和歌を詠んだ亡霊・長種」。
・・・だけでなく、未だ他にもある( ̄ω ̄A;アセアセ

叔父たちの処断は、家中を鎮めるために止むを得なかった判断ではないだろうか。
政治的に不安定な立ち位置の義陽のために、婚儀の話が持ち上がるのだが、それは・またの話 by^-^sio
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テーマ : 歴史
ジャンル : 学問・文化・芸術

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Author:時乃★栞
筑前・筑後・肥前・肥後・日向・大隅・薩摩に気合いバリバリ。
豊前は城井と長野が少し。豊後はキング大友関連のみ。

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