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【リアルも】立花VS鍋島【応援】~江上・八院合戦編10栞93

はじめに、今回の水害で柳川市の堤防が決壊したとの事、心よりお見舞い申し上げます。
これ以上、被害が広がらないように~早期復興を祈念しつつ投稿~~
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これは戦国ゲームの対戦カードではない

九州の関ヶ原~西軍掃討戦において「最も華やかで」「最も過酷」それが江上・八院合戦だ

1600年10月20日早朝。 

鍋島軍32000、五反田本陣から江上方面へ押し出す。

立花軍先鋒1300、八院から江上方面へ押し出す。

互いの顔が視認できる距離までになり、どちらが先に仕掛けるか睨み合った。

対峙したのは時間にすれば僅かだっただろうが、それに焦れた者が立花側にいた。

立花軍総大将・小野鎮幸の与力で松隈少源だ。

松隈は小野の使者と偽り、先鋒5隊の将の一人・安東伊之助に呼びかけた。

松隈「早く合戦を始められよ!大敵に臆すのであれば後続の隊と先鋒を入れ替える!

この言葉を聞き、激した安東隊・石松隊の約500名が、鍋島軍先鋒3000に兵を入れた!

江上・八院合戦は、この突撃から始った




(現在は地形変わって無くなってますが、当時は両軍の間に川がありました)

前回,紹介した同じく立花先鋒の将である戸次統次(べっき むねつぐ)は、安東隊石松隊の突撃に驚いた。

彼らに先を越された!出遅れてなるものか!と突撃し、他の先鋒の将も続いた。

一説には統次の行動は「安東・石松隊が大軍の鍋島に包囲されたので助けようとした」

とあるのだが、途中からエキサイトして忘れてるとしか思えません~~^^;;

統次は、一隊を率いる将でありながら一騎駈けし、そのまま鍋島軍先鋒に突っ込んだんです。

ところが鍋島軍のほうは、たった一騎の戸次統次の想定外の行動に驚き、陣が崩れてしまうΣ(´Д`;) うあ゙

鍋島軍の指揮官・鍋島茂里(なべしま しげさと)の作戦では、立花軍先鋒が川を渡ったところで一斉に発砲するはずでした。

ところが混乱した鍋島軍が命令を無視して発砲を始めてしまいます!(作戦台無し)

この軍令違反は戦後不問にされました。どの隊が最初に発砲したか解らなかったからで、それほど混乱してました。

一騎駈けした統次は、長槍をブンブン振り回し鍋島本陣目指してまっしぐら!

その勢いを誰も止められない!まさに無双状態!

凄い!凄すぎる!味方の誰も追いつけないほどに!,;.:゙:..:;゙:.:: (゚∀゚ゞ)ブハッ!



鍋島家紋

ウィキペディア記述だと「鍋島13段(媛記事では12陣)の備えのうち9段まで」統次は突き進んだとあり、五反田の鍋島本陣に肉薄する勢いでした。

鍋島の先鋒である鍋島茂賢(しげまさ=茂里の実弟)が「命危急のため」 

一度、本陣にまで下がったそうですから、鍋島軍12陣の隊列は一時的にしろ完全に崩れたと見て良いでしょう。

鍋島軍は前線の崩れに後続の隊が巻き込まれ、各隊それぞれの持ち場をキープすることが出来ない。

それどころか自分の隊列から逸れた迷子雑兵が続出し、何が何だか分らなくなった!

このカオスの状況から最初に立ち直ったのは、第二陣配置だった竜造寺茂綱(りゅうぞうじ しげつな)です!

( ̄ko ̄)<ほら、例の、関ヶ原遅参のくせに、偶然会った家康から馬を拝領したもんだから、怒った佐賀勢からハブられて名誉挽回に必死な、あの方でつ・・・

茂綱は、自分の鉄砲隊300丁に発砲を命令!立花軍先鋒が次々と倒れた!

一方、一人無双の戸次統次だが本陣近くまで駈け続けだったため、彼を乗せていた馬がバテてきた。

馬の息が上がり疲れが足に来て、ついに思うように動けなくなった。

そこを竜造寺茂綱の家臣・今泉軍助が鉄砲で撃ち、統次が落馬したところを軍助の従卒の衛藤が首を取った。
(一説には川を飛び越えようとしたが、それが出来ず川岸で体勢が崩れたところ・・・とも言われている)

戸次統次・戦死。享年25歳(但し討ち取った人物には諸説あり



立花家紋

最初の混乱が収まると、もともとが32000の大軍の鍋島だ。

立花の先鋒を包み込んで攻撃~豊富な鉄砲でもって、つるべ撃ちに撃ち掛けて立花兵を次々撃った。

その多さは、倒れる立花兵の数が数えられなかったほどだと言われている。

鉄砲の後は弓隊とセオリー通りに攻撃、なおも戦おうとする立花兵に対しては、数人がかりで切り伏せて首を取った。

多勢に不勢・・・もはや屠殺に近いショボーン..._φ(・ω・` ) 

だが確実に倒すには「これ」しかない。立花の主力精鋭を殲滅しなければ鍋島家が取り潰しになってしまうんです。

戦争なんです。生き残るためには、見た目のカッコ良さとか、手段なんて選んでいられない。

安東、石松、矢島、十時、三池(元・大友氏同紋衆)など、他家にも知られた武将たちや一族が次々討たれた。
鍋島軍では、戦後「功績あり」と選ばれた「柳川七騎」がいる。
七左衛門・牛島監物・相浦三兵衛・秀島四郎左衛門・田代猪之助・田代大右衛門・残り一名は名前不明。
竜造寺茂綱の隊だけで360の首級をあげ、「柳川七騎」牛島監物の所属する隊だけで600の首級を上げた。
立花軍第二陣の戸次鎮実(べっき しげざね)は、先鋒が鍋島軍に包囲されたのを見て、助けようと横合いから攻撃するも、大軍の鍋島軍に囲まれてしまい殲滅された。

戸次鎮実と息子善次郎17歳が討ち死。


立花軍総大将で第一陣を率いる小野鎮幸は、それまでは両軍の間にある川の一の橋・二の橋・三の橋を押さえ堅守していたが、
やはり先鋒を救おうと兵を進め、鍋島軍の横合いから攻撃をしかけた。

が、こちらもアッという間に鍋島軍に包囲され、次々討たれ1000名が10数名にまで減った。

小野自身も左の乳下に銃撃を受け、さらに足に矢傷を負い自力で立つことが出来なくなる。

このまま総大将討ち死?

立花は一矢報いることも出来ずに敗戦なのか?それは・またの話 by^-^sio
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時乃★栞

Author:時乃★栞
筑前・筑後・肥前・肥後・日向・大隅・薩摩に気合いバリバリ。
豊前は城井と長野が少し。豊後はキング大友関連のみ。

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