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【北肥戦誌・1586年】

天正14年1月4日、政家と信生は関白秀吉に音信を通じるべく、江上入道賢也を上洛させ、
「昨冬に三家は一旦和睦したものの(?)、鹿児島と府内の間は程なく和が破られたと聞こえ、また龍造寺に於いても島津より色々相違する旨があった。
別して一昨年、隆信が高来にて島津の為に戦死した事、合戦の習いと雖も政家・信生の遺恨は晴れません。
昨年9月にも小早川隆景まで成富十右衛門(信安)を関白殿へ遣わし、此度また賢也を登らせます」と伝えさせる。

賢也はまず広島で小早川隆景に褐し、2月8日に大坂へ上がって秀吉に拝褐し使いを果たすと佐嘉へ戻ったが、
すぐに三浦入道可鷗・成富信安を再び隆景に褐させ、同じく大坂へ上げて関白と仔細に及ばせ帰国させた。

そして3月15日、関白への人質として千布賢利を大坂へ登らせている。

三家の和睦破れて後、九州の諸士は思い思いとなる。

筑後衆の草野家清・西牟田家親・田尻鑑種・高良山座主の麟圭は龍造寺方で、同国の三池鎮実(親基とも)・蒲池鎮運(家恒とも)・星野鎮種・問註所鎮員と肥後衆は島津方、他に筑紫広門・秋月種実も龍造寺幕下(?)から島津へ鞍替えし、豊前の城井鎮房・長野鎮展・高橋元種も島津に与していた。

だがこの頃、筑紫広門が島津方から寝返り、高橋紹運の子・彌七郎を婿に取った。

島津は筑紫を誅伐すべく高良山へ打ち出し、諸将も伊集院忠棟の陣に参じた。

これに島津の一味の礼として、政家も神崎まで打ち出し、信生も波古川へ陣を布き、田尻勢も200人を催して政家と同所に在陣する。

今回、島津に加担し集まったのは30,000余騎、これは筑紫討伐の為だけではなく、高橋紹運の岩屋城・立花統虎の立花城をも打ち崩し、事に依っては龍造寺の城を攻めるべしとの評議であった(?何故?)。

隔して7月6日、島津勢は秋月と相談の上で人数を差し分け、筑紫の端城である朝日山・一之岳・一之瀬・鷹取らを押さえさせ、筑紫の居城である勝野尾・山浦を攻め残る所なく放火、朝日山・鷹取の両砦は瞬く間に落ち、晴門以下数百人が討ち取られた。

広門は勝野尾の本城を引き上げて降参を願い出れば、忠棟はこれを許し、広門は同月10日に筑後の大善寺に蟄居、勝尾の番には肥後の小代・大津山両氏が充てられた。

(次は岩屋城攻めですが、龍造寺関連した部分は、龍造寺政家・鍋島信生は佐嘉へ帰陣し、その陣代として龍造寺晴家・江上家種を岩屋に布陣させ、更にその代理として後藤家信・田尻鑑種が7月25日より岩屋西の口より終日鉄砲を放ち、翌日に攻め登ったとだけ)


筑紫広門は大善寺に蟄居していたが、譜代家臣の等島・小川・立石・黒岩らにより盗み出され、筑前の五箇山へ忍び入って家臣を催して1,000余騎になると、旧知の一之岳の城から島津勢を追い出した。

龍造寺勢は島津一味の礼として、筑紫により高良山座主・武辺良也(同座主・麟圭の子)が番として入れられている安楽平の城を攻めた。

良也は敵い難く筑紫に援軍を求めたが堪え切れず城を出る。

これに、すぐに筑紫勢が入れ替わるも、龍造寺勢は筑紫衆を追い出した。

この後は、田尻鑑種・西牟田家親・高良山座主・麟圭の名代を番として入れた。

9月上旬、政家は島津への手切れの使者として、田原大隅入道を薩摩へ送る。

そして9月11日、鍋島信生と共に20,000余騎を催し筑前に討ち入り、三池鎮実の領地を放火した。

三池鎮実は島津家久に属して日向表に在陣して留守であった為、留守の守兵は一人も出合わなかった。

次に政家・信生は13日より肥後へ討ち入り、政家は南関へ陣を布き、信生は土肥家実を召して大田黒まで放火する。

(以上を11月とした記述も『北肥戦誌』内に併記。その場合、16日に肥後より引き返し、筑前へ討ち入って秋月種実の領地を攻め、岩屋の城辺りまで進軍すると佐嘉へ帰陣した。)

{ホントかウソか、以下も別記↓}:
政家が南関に在陣する中、そこへ立花統虎より島津の虜となって北関にいる母妹を救いだしてくれと頼まれる。

政家はこれに応じ、大木兵部丞・堀江兼左衛門へ下知し、宮曽呂城を攻めて番兵を追い払わせて、統虎の母妹を奪って立花城へ送った。

その後、政家・信生は佐嘉へ帰陣する。

・・・・・・・・・・・嘘っぽい,;.:゙:..:;゙:.:: (゚∀゚ゞ)ブハッ!

10月、関白は龍造寺より人質を出すよう命じた為、政家は母・宗誾尼を大坂へ、信生は猶子・家俊(後の茂里)を小早川隆景まで差し出した。

また黒田考高より、殿下の命と称して、龍造寺一族からも人質を出すよう乞われ、江上家種・後藤家信・龍造寺家晴・龍造寺長信・龍造寺家就からも人質が出された。

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もう竜造寺は島津に降伏してるのに、竜造寺の城を攻撃って??

なんかイマイチ腑に落ちない、今回の北肥戦誌( ̄ω ̄A;アセアセ
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時乃★栞

Author:時乃★栞
筑前・筑後・肥前・肥後・日向・大隅・薩摩に気合いバリバリ。
豊前は城井と長野が少し。豊後はキング大友関連のみ。

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