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【入来院(渋谷光重五男家)1400年まで】

1250 建長二年~入来院氏:塔之原名主・寄田忠信と名主職の論争をなし、定心が勝訴。

1251 建長三年~入来院氏:塔之原地頭職を寺尾重経に譲与、南北朝時代まで寺尾氏が治める。 
(寺尾氏は入来院の一族で初代・定心の三男・重経が祖。相模国寺尾を領してより寺尾と号す)

1270 文永七年~入来院氏:倉野に瑞泉寺開山。

1279 弘安二年~入来院氏:塔之原所領について、渋谷為重が敗訴、渋谷重通の所領が確認される。 
(渋谷為重は、鶴田氏初代・重茂の次男で谷口姓の祖。渋谷重通は不明ですが、読みから鑑みて寺尾重経かも)

1281 弘安四年~入来院氏:渋谷有重、弘安の役にて6月29日に戦死。この頃、樋脇城築城。 
(渋谷有重は、入来院2代・明重の四男で、その妻は島津氏の娘)

1297 永仁五年~入来院氏:寺尾氏、塔之原請地目録を作成。

1333 正慶二年/元弘三年
祁答院氏:渋谷重利(5代・重実?)祖父・惟重重代相伝の一野・河床・中木庭・黒木・中津川を入来院重勝(入来院5代)に引き渡す。
入来院氏:渋谷重基(入来院4代)、重勝(入来院5代)ら、宮方につき、本領安堵の綸旨を受ける。

1335 建武二年~入来院氏:渋谷重基、山口惟重(入来院庶流)らが京都大番を勤める。

1345 貞和元年/興国六年 
入来院氏:岡本重興(2代・明重の曾孫で南北朝で武家方)、谷峰城を攻める。

1347 貞和三年/正平二年 
入来院氏:岡本重興・寺尾重名は、島津貞久について東福寺城を守り、宮方に敗れる。
(寺尾重名は寺尾惟重の次男とありますが、掲載された系図上では寺尾の系統は略されていて不明)

1351 観応二年/正平六年 
東郷氏:東郷道義(大前氏)、三条泰季に応じ、渋谷重興(岡本重興)と合戦。
入来院氏:渋谷重勝(5代)、東郷道義の居城を攻略。

1364 貞治三年/正平十九年 
入来院氏:渋谷重門(6代)、後村上天皇の綸旨を受ける。

1372 応安五年/文中元年 
入来院氏:渋谷重門、高江の峰城を攻略、戦死する。

1373 応安六年/文中二年 
入来院氏:今川了俊の招請により、渋谷重頼(7代)が武家方につく。

1376 永和二年/天授二年 
入来院氏:今川了俊、渋谷重頼を掃部允に推挙する。

1384 至徳元年/元中元年 
入来院氏:渋谷重頼(7代)、佐敷・二見に出兵。

1585 至徳二年/元中二年 
入来院氏:重頼、水俣を救援する。

1390 明徳元年/元中七年 
入来院氏:重頼、今川了俊より伊集院久氏の旧領地地頭職を与えられる。

1391 明徳二年/元中八年 
入来院氏:重頼、入来院地方領主の地位を獲得。

1396 応永三年 
入来院氏:樋脇、前田、市比野の諸城が島津久哲軍に攻められ陥落。

1397 応永四年 
入来院氏:島津元久・伊久が清色城を包囲し、入来院重頼が敗走。

1400 応永七年
入来院氏:渋谷重頼、谷山郡と給黎院の半分を、所領として島津伊久より与えられる。 
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時乃★栞

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