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【北肥戦誌・1588年】肥後国人一揆関連

2月、蜂須賀家政・戸田勝隆・生駒親正・福島正則・加藤清正・小西行長が肥後の検地の為に下向した。

このとき毛利輝元は博多へ在陣、小早川隆景は南関の陣に居り、吉川広家は内庄内に陣を寄せ、今回の一揆の本末を糾明する。


この頃、九州の諸将は一揆残党を征伐する様に命ぜられており、また残党も寄る辺なく方々へ逃れていた。

有働兼元の子・孫市は、肥前長崎に逃れていたのを龍造寺家臣に捕えられ切害、
名和顕孝は島津義弘に誅殺され(←名和と城は、上洛していた為に一揆に参加しておらず、転封になった筈なんで記述者の誤記っぽい)、草野宗清は蜂須賀家政に誅殺された。


また、鍋島信生に本山城主・永野左京亮討伐が命じられ、
信生が攻囲すると左京亮は防戦虚しく切腹、隔して一揆勢は山林に逃げ隠れ、或いは海辺に自害し滅亡、肥後は静謐となった。

さて、今回騒ぎの元となった佐々成政に対して、関白秀吉の腹立ちは激しく、成政に上洛を命じ切腹を申しつけた。


柳川城へ預けられていた隈部親永らには、立花統虎に誅殺するよう命が下ったのであるが、
統虎も命に背き難く、この囚人らを三の曲輪へ召し寄せ、12人の討ち手との立ち会いの形で悉く討ち果たした。

隈部親永は、その名も聞こえた勇士であったが、もはや老衰し、その上最近は痛みを発する部分もあって碌に動けず、無為に討たれる様は無惨であった。

統虎はこれを二の丸の櫓から見ていた。


また、この討たれた中に「隈部筑後入道良善」と云う者がいた。

この者は元々隈部姓ではなく新田義貞の子孫であるが、先祖が筑後へ没落し、やがて大友家に仕え、その子孫・新田掃部助が立花家臣となっていた。

良善はその弟で、筑後の善導寺へ出家していたが思う処あって還俗し、肥後へ赴いて隈部の縁者となり隈部筑後と改めていた。



統虎は良善を援けたく思い、兄・掃部助を通じて統虎へ従うよう申し聞かせたが良善は了承せず、親長共々三の曲輪へ入った。

果たして小野和泉守がこれを斬らんとすると、良善は敢えて手向かいせず、和泉守へ向って笑い四尺余の太刀を抜いて杖に着くと、
「和泉殿、この入道思いあって敵対申さぬ。静かに見物召されよ」と言い捨てると、自らの太刀を鍔元まで胸へ刺し貫き、立ち尽くして絶命した。

統虎を始め、これを見た者で良善を惜しまぬ者はなかった。

秀吉もそれを聞き、その死を惜しんだ。

なお、12人の討ち手の内、死者は一人である。



同年夏の事、関白の領地配分の際に龍造寺家晴の柳川城は、立花統虎へ与えられ、家晴は居所を失った。


家晴はこれに立腹、急ぎ家臣数百人を連れて関白を赤間ヶ関まで追い、浅野長政を仲介に柳川の代地を求め、
「咎も無いのに居所を失った上に、代地も給われなければ切腹致す」と言上すると、
秀吉は尤もであるとし、中肥前諫早は高城の西郷信尚(前名:純尚)が挨拶に来なかったので、
この領地を召し上げ家晴に与えるとの朱印状を即座に渡した。



この西郷信尚、龍造寺政家の妹婿で、病の為に秀吉に挨拶に出向けなかったのであるが、
今回諫早を召し上げられ七浦の内伊止岐へ浪人し、政家より80町を与えられて妻子家臣らを扶助していた。

だが、西郷累代の領地を召し上げられ無念に思っており、大坂の小西行長を頼って訴訟を行っていた。

だがそれが滞り裁定が降らぬときに肥後一揆が起こり、家晴が出陣すると聞くと、
計略の末に家晴が給わった朱印状を盗み取り、一揆勢と語らって、10月に七浦より打って出て諫早の城へ夜襲を仕掛けた。



家晴のいない無勢の城は落ち、西郷は次に荘林の端城(支城)を攻める。

家晴の家臣は防戦を続けながら肥後と佐嘉へ注進すれば、政家の命により、石井茂忠が率いた佐嘉勢が諫早に差し向けられる。

また肥後からも家晴が急行し荘林の砦へ入ると、西郷がいる本城を攻めた。

西郷は討ち負け、城を出て扇畑に至って陣を布く。

これに家晴は、梅津川を隔てて打ち掛かる。

戦いの半ば、家晴の家臣と佐嘉勢が西郷勢の横腹を突くと、西郷は備えを崩して島原へ退いた。

家晴は本城へ復帰、西郷は平戸へ赴き相浦へ居住したという。

またその弟・太郎は薩摩へ赴いた。

(薩摩の西郷氏は、建久年間に鎌倉御家人の西郷氏が桑西郡郡司として存在し、
建武年間にも伊作家臣がおり、以後も同姓の者が島津家に存在し続ける為、太郎は同族(?)を頼ったものか)

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時乃★栞

Author:時乃★栞
筑前・筑後・肥前・肥後・日向・大隅・薩摩に気合いバリバリ。
豊前は城井と長野が少し。豊後はキング大友関連のみ。

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