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龍造寺家兼_30【波紋・大内義隆、兵3万で出陣なぅ】

夜襲で陶軍に大勝し、龍造寺勢は気分爽快の朝帰り~♪ヽ(*´∀`)ノ

すると、潮に流れて何やら流れて来た。

どんぶらこ~~桃ではない。それは観世音菩薩の木像であった。

家兼は、「大敵を追い崩し、帰陣に及んで仏像を得る事、偏に子孫繁栄すべき瑞相なり」
と木像を懐中にパクって・・・もとい、しまって帰城した。

その後、城の南に堂を建てて木像を安置させた。
この木像が、後の水ヶ江慈教院の観世音である。

って北肥戦誌にあるんだけど、水ヶ江慈教院が現在の何処なのか、寺社が残っているのか未確認です。
検索するとシオブログの書庫・北肥戦誌がHITする件~~il||li _| ̄|○ il||l

同年8月15日、 家兼は法華経万部を修読したそうな。

災害による水没者の供養も兼ねていたのでしょうか・・・
観音菩薩といい、家兼は年相応に信心深くなっているようです(-人-)☆彡

ちなみに家兼ですが、この1534年の時点で既に御年80歳なり~~~~ぇえ!(゚ロ゚屮)屮

家紋・竜造寺(竜造寺家紋)

陶軍の敗戦にブチ切れた大内義隆は、自ら兵3万を率いて北九州は筑後へと渡った。

肥後戦国史「肥後、おぃ!ちょっと落ち着け!」で、「勢場ヶ原の合戦(4月6日)以降も菊池と大内が連携してたらしい」
と書いたのは、大内義隆(or陶軍)が今までの九州出陣と違い、初めに筑後入りしてたからです。

いつもなら少弐から奪った大宰府を本陣にするので、筑前入りします。

おそらく何らかの打ち合わせしたのでしょう、菊池義宗は同月17日に筑後へ出陣しています。

さて、大内義隆は筑後から筑前へ移動し、いつもの本陣・大宰府へ入ると少弐への討手を差し向ける事になった。

すかさず、陶興房は「敗戦の汚名返上を!」と先陣を願い出た m(__)m
主君・大内義隆の許しを得ると、陶は嫡子・隆房(後の陶晴賢)と共に肥前国へ出陣!

勢福寺城の少弐親子は、味方を要所へ配置し大内勢を防いだ。

だが、息子・少弐冬尚が敗れて、筑後・小田氏の蓮池城へと入った。

蓮池城は長い川の流れを巡らせた要害で、おいそれと大内勢は攻められない。

やるとなったら、長期滞陣を覚悟しなければならないだろう。

これが肥後・菊池義宗と連携していたであろう、大内義隆の方針を変えた。

そこで、唐津の波多隠岐守を龍造寺家兼に遣わし、
「公方様より命を承り、義隆が逆徒を平らげました。少弐は我意を恣にし、国家の動乱が治まりません。
そこもとは少弐と年来の誼が御座れば、少弐を諌めて争乱を止めさせて頂きたい。
この儀、整うならば義隆の計らいにて少弐に休息処を与えるでありましょう」と述べた。

家紋・大内(大内花菱)

管理人は以前、こう書きました。
「西(千葉)でもなければ東(千葉)でもない・・・肥前のおける第三の勢力として龍造寺は台頭した」と。

東千葉~西千葉と敵対し、はなから大内サイドなんで和睦の使者としては不適当。
西千葉~直系男子が絶え、御家存続のため初めは少弐から次に少弐一門の横岳から養子を迎える。

西千葉と少弐は実質=イコールの状態です。

一時期、千葉胤勝が大内に寝返り、少弐家臣・馬場にo( ̄Д ̄θ★ケリッ!
っと、されたブレた数年がありますが、基本は少弐サイドです。

( ̄ko ̄)<その西の千葉胤勝なんですが、どうも死亡してたっぽいんでつ・・・

天文3年、つまり1534年から千葉胤勝に関する記述が、パッタリと途絶えます。

1534年は陶軍の動きが前年に引き続き激しいですし、
前記事にあるように肥前は水害で1万余りの死者が 発生してます。

戦死か水害か・・・いずれかの理由で西千葉当主が死亡したと思われます。

大内が龍造寺を和睦の仲介に選んだのは、そういった背景があったのでは~と推測してました。


使者の波多の言葉「そこもと(龍造寺)は少弐と年来の誼が御座れば」

この言葉が史実なら、少弐と龍造寺の関係を実に端的に表現していると思う。

竜造寺家は「少弐の被官」と称されているが、
竜造寺家発祥そのものは「少弐の被官ではない」からです。

少弐と龍造寺の微妙な距離が、後に両者の運命を決める・・・それは・またの話 by^-^sio

次回より新章「龍造寺「破」の巻~お楽しみに(^ -)---☆Wink




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テーマ : 歴史
ジャンル : 学問・文化・芸術

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時乃★栞

Author:時乃★栞
筑前・筑後・肥前・肥後・日向・大隅・薩摩に気合いバリバリ。
豊前は城井と長野が少し。豊後はキング大友関連のみ。

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