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【鍋島・赤熊武者無双~前篇】龍造寺、破の巻6

1536年、少弐資元が自刃してほどなくした頃、「少弐を励ます会(仮称」が肥前某所で開かれた(らしい)

席上江上元種が発言した。
「今の大内は武備廃れ、蹴鞠・和歌のみ持て囃し、栄華に満ち油断しきっており攻め時である」

「さよう、義隆公が衆道フィーバー・・・ゲホゴホグホ」
龍造寺家兼は同意しながらも、
「大内の武威は廃れたと雖も、公方様の覚え目出度く、朝廷の御恩厚く、陶・杉・鳰・相良ら老臣が揃い、非を諌めるに身を囲わず、軍に臨んでは命を惜しみません。
義隆は事々を彼らに任せて居る為、国は治まり、民は安んじられておりますれば、まだ天の時に至って居らぬということでは御座いますまいか」。

と柔らかく述べた。

家紋・竜造寺(龍造寺家紋)

前回、龍造寺家兼が大内に寝返ってた・・・と書いたが、正確に言うと違う。

上記の回答で窺えるように「家兼は、今は無理ポの自重論」です。

江上さんは大蔵系氏族なんで無条件にファンなんだが、それでも上記発言にシオ唖然(・0・)ポカーン

確かに大内は長年のライバル少弐氏を自刃させ、油断しているかもしれない。

だからといって、いま挙兵して一時の勝利を得たところで何になるのだろう。

局地戦の敗北などで大内の屋台骨はビクともしない、
それを挽回するだけの財力と人材は余裕綽綽なんです。

後世の大友の如く、尼子と連携組むとか、関門海峡超えて山口占拠とかとか。

よほど大胆な作戦で、よほど大きな勝算が無い限り、いま動くのは無謀というものだ。

それでなくとも島原の有馬が台頭して肥前を脅かしている現状で、
本拠地(水ケ江)を離れて大内サイドの国人相手に転戦なんて(´・д・`)ヤダ

てか、まず自分の足元を見てみ?
被官の国人が粉骨砕身働いたところで、今の少弐氏に恩賞として与える土地が寸土でもあるんかぃ?
衰退した少弐は、龍造寺の子弟を身辺に出仕させる(人質を出す)事すら要求出来てないよね?
夢を見るなら寝てる時だけで願いたいですな ( ゚Д゚)y─┛~~

威勢が良く、耳触りの良い主戦論が飛び交う中で「自重論」を述べるのは勇気がいる。

周囲から惰弱だ弱腰だと揶揄され、挙句の果てに「さては寝返ったか」と誤解される。

龍造寺家兼も誤解された。

家紋・少弐(少弐家紋)

皆は家兼の意見に納得したが、
唯一人、小田覚泒(資光)のみは少弐冬尚へ
「家兼は大内へ内通と思われます」
と述べ、「水ヶ江城を攻めるべし」と勧めた。

それは・またの話 by^-^sio
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時乃★栞

Author:時乃★栞
筑前・筑後・肥前・肥後・日向・大隅・薩摩に気合いバリバリ。
豊前は城井と長野が少し。豊後はキング大友関連のみ。

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