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【少弐の為なら】龍造寺を潰せ・壱【嫁を泣かす】龍造寺、滅の巻2

戦国「縁戚になりたくない男№1」といえば、宇喜多直家(ネタ込)だろう。
そして九州から地味にエントリーするのが、少弐一門で家臣の馬場頼周だ。

最初は妻の父・・・舅・筑紫満門を「少弐を裏切ったから」という理由で謀殺している。
しかも舅を呼び出すのに、妻を騙して策謀に使った。
あまりの事に馬場妻は世を儚み、尼となって仏門に入ってしまった。
(筑紫は「裏切り」⇒「少弐に戻り」⇒「大内の肥前平定で大内に降伏」です)

馬場さん、今回のターゲットは息子の妻・・・嫁の実家・龍造寺家です(=^・ω・^=)v ブイ
大友家臣だと忠義胸熱なのに、少弐だとドン引くのは、やっぱ・・・この人のせいなんだろうな^^;

人物・馬場頼周(馬場・悪イメージ画像)

まずは何時もの如く「北肥戦誌」より^^/

(島原)高来の有馬・筑後の星野伯耆守が、千葉氏が支配する上松浦の獅子城を攻め取るべく多久へ進軍し堂ノ原に布陣した。
徳島鑑家、今泉兵庫允らがこれを切り崩した。

(徳島は肥前千葉庶流です。千葉としか書いてないけど、シオ予想では多分、西千葉の方)
馬場頼周は少弐譜代ながら、(息子は)龍造寺家純の婿でもある。
だが龍造寺の威勢が強まる事を懸念し、剛忠(家兼)が大内に通じていると冬尚に吹聴した。


有馬氏が快調に肥前攻略を進めて来るので、
龍造寺家門(剛忠(家兼)次男)の周旋で「1541年、千葉(東西)・少弐・龍造寺の三家和合」が成立しました。

皮肉なことに「有馬対策の三家和合成立」が、馬場をして「龍造寺排除」を決意させたのです。

「龍造寺が必要なのぉ、でないと死んじゃうから・゜・(PД`q。)・゜・(超意訳」
と、泣きついて助勢を求めた少弐冬尚。

それが馬場の言葉にコロリと態度を一変させたのは、少弐が東千葉の家督をゲッツしたからだろう。

少弐冬尚の実弟・胤頼が東千葉の養子(和合の条件)になった時、
東千葉当主・喜胤は33歳という若さだった。

この先「祝・男子誕生」は充分ありえる年で、冬尚弟は後継者というより人質の意味合いの方が強かっただろう。

ところが1542年に喜胤が病を苦にして自害したため、冬尚弟に東千葉の家督が転がり込んだ。

当主といっても冬尚弟は13歳の少年なので、東千葉は少弐冬尚の思いのままとなったんです。

大宰府が三州(豊前・筑前・肥前+二島)覇者の象徴なら、
東千葉の牛頭山城が肥前国主の象徴です。

少弐と馬場は「東千葉が手に入った以上、龍造寺の力が無くともイケる!」と判断した。

家紋・竜造寺(龍造寺家紋)

そもそも国人というのは、一門隆盛・本貫地死守がライフワーク。

領地安堵のために「被官になる」「寝返り」「ヤベ不利、降伏」をループし、ループどまりが普通の国人^^b

国人領主から戦国大名化するには「知力・体力・時の運」だけでは、未だ足りない。

守護職、守護代といった既成の権威・概念を、o( ̄Д ̄θ★ケリッ!と打ち破り、
セミが殻を脱ぎ捨てるような強かさと柔軟さが必要です。

特に九州は鎌倉以来の三人衆(少弐・大友・島津)の影響力が強く、彼らは衰退はしても中々滅びず、島津に至っては明治維新まで完走した。

龍造寺は、国人が戦国大名化するに必要な強かさと柔軟さの下地が十分出来てて、後は今一歩を踏み出すタイミング待ち状態。

「剛忠(家兼)は、少弐という従来の権威に対し不遜で信用が出来ない」これが龍造寺排除の最大の理由。

大内に寝返ったウンヌンは後付けの口実みたいなもので、事実確認などハナからするつもりは無いんです。

家紋・少弐(少弐家紋)

少弐に不遜といっても、剛忠(家兼)の態度は何処までも穏やかで謙虚です。

にも関わらず「あのジジィ、内心では少弐を軽んじてる、いつか裏切るぉ(`・ω・´)キリッ」と少弐と馬場は頑なに龍造寺を疑った。

龍造寺と勢力が同程度の国人なら他にもいます。

なのに何故、龍造寺だけを危険視したか・・・というと龍造寺の家督に関して紐解く必要が出てくる。

龍造寺は、ちょっとかなり他の国人とは毛色が違うんです。

西千葉が衰退~西千葉より当主をo( ̄Д ̄θ★ケリッ!⇒家督を弟系譜にチェンジ
少弐が御家再興⇒剛忠(家兼)が直接、少弐被官⇒分家が宗家を超える
少弐との関係良好~⇒宗家から分家・剛忠(家兼)へ総領職移譲=宗家地位チェンジ
少弐との関係ギクシャク⇒総領職は再び宗家へ、剛忠(家兼)は宗家後見役として表舞台から一歩下がる

総領職が移譲するという事は、一族郎党に対する公儀権も移譲する。

となると訴訟関連の決定が覆る可能性も無きにしも有らずで、
プライドだけでなく、自分の利権確保にも絡むからして・・・・普通は絶対に揉めるんです。

ところが龍造寺は数十年という短期間に、家督や宗家や総領職が二転三転するにも関わらず、
流血沙汰が一切起きてないんです(少なくとも表面化してない)

馬場は龍造寺は内部がギスギスしてるはず、、、と思っていたでしょう。

その方が安心なんです。それが普通だから。
揉めてくれてれば、そこを少弐が介入し龍造寺をコントロール出来るんです。

馬場は息子の嫁となった家純娘から、それとなく龍造寺の人間関係を探ったでしょう。

他愛のない話でも構わない、むしろその方が家族間の仲が想像できるというものだ。

で、何も揉めてる風が無い・・・・と知って、初めて龍造寺が怖くなったのでしょう。

部屋の模様替えや衣替えじゃあるまいし、家督や総領や宗家の位置を、政治事情に合わせてコロコロ替えるなんで、不気味すぎです!!

龍造寺の家督衣替え感覚が、何時か少弐に向けられる日が来ると畏れた。

何より、このままでは龍造寺の功績が大きすぎて、少弐がコントロール出来なくなる。

馬場頼周の讒言に従い、少弐冬尚は龍造寺一族抹殺を承諾したのだが、それは・またの話 by^-^sio



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テーマ : 歴史
ジャンル : 学問・文化・芸術

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Re: No title

> 龍造寺家は蒲池鑑盛さんに助けられたと聞いていますが、
> ここではまだ出てこないのですね。w村ポチ。

あと、もうちょっとで出てきます^-^

No title

龍造寺家は蒲池鑑盛さんに助けられたと聞いていますが、
ここではまだ出てこないのですね。w村ポチ。
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時乃★栞

Author:時乃★栞
筑前・筑後・肥前・肥後・日向・大隅・薩摩に気合いバリバリ。
豊前は城井と長野が少し。豊後はキング大友関連のみ。

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