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【夢を買う男・裏~神代家と山内26豪族】肥前の熊「誕」の巻3

神代勝利(くましろ かつとし)の記事をアップするにあたり「さがの歴史・文化お宝帳」を参考にしました。
今回はシオ流に裏・考察してみたいと思います。
例によってマニアックなんでスルー可,;.:゙:..:;゙:.:: (゚∀゚ゞ)ブハッ!


ずっと気にかかってたのが「なぜ大事な嫡子(候補)」を武者修行なんかに出すの?」です。

武家の素養スキルなら、何も外へ出さずとも「師匠を招く」だけで事足りるはずです。
水杯で家族と別れなきゃならない四国行じゃあるまいし、肥前・千布なら幾ばくか金子を積めば来るでしょう。

サイト(と参考にした前記事)には綺麗に書いてるけれど、兄・利之と弟・勝利の双方いずれを当主にするかで一族内でガッツリ意見が割れたんじゃないでしょうか。

異母兄・利之は片目が不自由というけれど、失明じゃない。
伊達政宗を例に出すまでもなく、日常生活に不自由なければ当主は務まる。
てか、そもそも戦国時代は、病や戦場の負傷等で隻眼になるのは珍しくないはずなんです。

新次郎(勝利)は、神代一族内の兄擁立派を納得させるために、兄以上のスキルを要求されたんじゃないでしょうか。

千葉興常の武術指南役に入門という経歴は、実に判りやすい箔付です。
なぜなら当時、牛頭山城の主は東千葉当主・興常だったからです。
ホントの嫡流は西千葉~~~なんてのは関係なし。

「小城(肥前国主象徴の)牛頭山城下で修業したんだぞ(=^・ω・^=)v ブイ」っていうブランドが重要。
全盛期の肥前千葉氏は、それほど肥前国に影響力があったんです。
肥前の国人で、「肥前千葉の被官に一度もならなかった者」を探す方が難しいくらいです。

新次郎(勝利)の武者修行に際し、旅費やら滞在費やら入門料は生母実家の陣内家が援助したと想像出来ます。
パパ神代は「第一子を神代家当主にする」という条件で、陣内家へ婿入りしました。
婿ですよ?しかも世話になってるのはパパ神代の方ですよ?
なのに第一子を・・・って条件を、陣内がOKしたのはパパ神代の器量ウンヌン以外の理由があると思います。

それは山内(さんない)という土地が「肥前と筑前との間にある山岳地帯」という事に関連してるのではないでしょうか。
人物・くましろん~(神代勝利イメージ画像)

山岳に住む人々にとって、山そのものが財産でありトップシークレットです。
(湧水が出る場所とか、建材になる材木の知識、耕作可能の場所(隠し田)などなどなど)

その財(秘密・共有財産)を守る為、山人は閉鎖的になりがち。
ですが婿取り嫁取りを山内のみに限定しちゃうと血族婚率が増えて(・A・)イクナイ!!
他国人の血を入れて血統をリフレッシュすることは、どこの山岳地帯でも種として本能的にやってます。
でもって入れる血(DNA)は、出来うる限り「貴人・貴種・もしくは優れた異能者」が望ましい。

山内の豪族たちにとって、筑後国人・神代家の血統そのものが魅力(==)b

神代家~高良神社系武家で、勝利の代で既に51代目。

高良神社~正式名「筑後国一の宮・高良大社」(`・ω・´)キリッ
輝かしい実績~国家規模級厄払い=蒙古調伏(現代目線の突っ込み不可)
輝かしい経歴
鎌倉期~九州総社、造営補修などは全て勅裁(`・ω・´)キリッ

室町期~島津・大友・菊池・少弐が高良大社四頭~つまり4大名交代で祭礼を行う(`・ω・´)キリッ

高良大社は戦国肥前においても知名度抜群。
パパ神代の舅・陣内は摂津出身で住吉神宮の神官でした。
舅・陣内は「神代という血統」が、「山内という山岳地帯で尊ばれる」と職業的体験で知ってたはずです。
婿として迎えた神代家を盛り立てていけば、千布の住吉神社は神代家の保護下に入る事が出来ます。

そして神代勝利が家督を継ぐ前後に千布(ちふ)で剣術道場を開いた目的は、ズバリ「血統の宣伝」

テレビ・ラジオ・電話・ネットもない戦国時代~
山岳地帯の人々にとって「情報」は最高の娯楽であり、衣食住以外で生き残るために必要な知恵です。

剣術道場を開いた事で神代家の存在が山内中に噂された事でしょう。
神代さま・・・なんと「あの」高良大社大宮司の流れを汲む由緒ある家柄・・・( ゚д゚)ンマッ!!
そして弟子が来ることで、神代の元にも山内の情報が集まるんです。
ん?弟子は集まりますよ~「肥前的都会・小城で修業ブランド」ですから^-^

山内は、すぐ近所が筑前だけあって、血統だけで若い神代勝利を頭領にするほと単純(超絶田舎)じゃないはず。
血統は理想的、後は「新次郎勝利が武将として優れた器量」なのか「単なる剣術屋」なのか、三瀬の野田が剣術弟子入りして観察してた・・・
とまぁ~こんな感じで考察(妄想)してみました。


肥前に来て2代目で頭領になるだけあって、神代家は自己アピール演出力が非常に優れています。
そして、とてもユニーク。
肥前で一旗揚げるのに、千葉や少弐や龍造寺とかの家臣にはならず、まず自分の勢力基盤を作る事からスタートしてますから。
山内に目をつける着眼点も優れてるように思います。
山内は筑前と肥前の間に挟まれてるだけあって、ちょうどエアポケット状態。
大物たちは自分たちの事で忙しく、山岳地帯の山内には注目してなかったでしょう。
神代家が入るまで、豪族たちは必要に応じて集まるくらいで、組織として一つにまとまった事は無かったんじゃないでしょうか。

山内の人々にとって、神代勝利は今でも偉人です^-^
さて、次は産声を上げた肥前(平地)の熊です。それは・またの話 by^-^sio

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時乃★栞

Author:時乃★栞
筑前・筑後・肥前・肥後・日向・大隅・薩摩に気合いバリバリ。
豊前は城井と長野が少し。豊後はキング大友関連のみ。

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