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地図から見た少弐と龍造寺・弐

少弐政資「少弐氏を一時的に中興するbyウィキペディア」

大内により筑前大宰府から肥前へと入った少弐政資。
彼は肥前国で勢力を広げるために、二つの権威を利用した。
それが「佐賀郡・与賀神社」「小城郡・肥前千葉氏」だ。

少弐政資が肥前・与賀郷に入ったのは、そもそも御先祖が鎌倉時代に地頭だった縁からだろう。
もっとも地頭といっても、少弐は大宰府在だからして、与賀郷に住むようになったのは衰退してからです。

衰退し肥前にチョコチョコ逃げるようになったのは、政資の父・教頼からのこと。
与賀郷には教頼の避難所・・・もとい居館があったんです。

1482年(文明14)少弐政資は元から所縁のあった与賀神社をテコ入れし社殿を再興。
さらに教頼の居館を利用し与賀城を築城、与賀神社を鬼門の鎮護とした。

推測ですが、これは肥前国人にとって「喜ばしい事」と一概には言えなかったんじゃないでしょうか?

東肥前ぬくもり戦国地図
(東肥前戦国(手書きの)ぬくもり地図,;.:゙:..:;゙:.:: (゚∀゚ゞ)ブハッ!)

与賀神社は鎌倉時代「与賀庄鎮護宮」でした。
従って与賀神社は、少弐「だけ」でなく、与賀郷~佐賀郡一帯の肥前国人たちから、尊崇されていたんです。

それが鎌倉時代は地頭「だった」とはいえ、後から来た少弐の権勢を彩るための一部に与賀神社が組み込まれてしまった。
神事や祭礼には、全て少弐の仕切りが入り、肥前国人たちにとって「迷惑」で「不愉快」だったのでは?


自分は、龍造寺家が宝琳院を作ったのは、少弐が与賀神社を独占した事と無縁ではないと思うのです。
「少弐の鎮護宮」になった与賀神社へ、肥前の豪族たちが以前通り気軽に近づけたでしょうか?
参籠の前後には、少弐政資へ伺候するよう仕向けられたと思います。

与賀城も村中城も水ケ江城も、地図で判るようにメチャクチャ近く、全て現在の佐賀市内に詰まってます。
都会の出勤ラッシュ並みの密集度 ,;.:゙:..:;゙:.:: (゚∀゚ゞ)ブハッ!


15世紀末・・・文明年間の龍造寺氏は、少弐からの圧迫に少しでも距離を置くために「祈祷所・宝琳山」を「恵日山宝琳院」にテコ入れしたと、自分は推測しています。

与賀神社が少弐の権威付けに利用されたから、宝琳院という「龍造寺の龍造寺による龍造寺鎮護のための寺社」を作った。。。。と考察してみる^^b

家紋・竜造寺 龍造寺家紋ロゴ

少弐政資が、小城郡・肥前千葉氏の家督に介入したのは、与賀城築城より後、1486年の事です。
政資の実弟・胤資を婿養子として、肥前千葉家に送り込む事に成功しました(=^・ω・^=)v ブイ

与賀神社だけであれば、少弐があれほど肥前に食い込む事は無理だったと思います。
何度か語ってますが、肥前千葉氏は「肥前国主・御屋形様」と尊崇を受けていた家です。

ぶっちゃけ肥前国人の地元感情だと、少弐より肥前千葉の方が偉いんです。
小城だけでなく少なくとも東肥前の国人で「肥前千葉の被官ではなかった国人」は、他国からの流れ者でない限りいないと言っても過言ではないはずです。

あれだけ近い場所にVIPが城を作ったら、誰でもビビります。(((((( ;゚Д゚)))))ガクガクブルブル
大内と激しく争い、浮沈が激しく「明日はどっちだの少弐」と(たぶん)距離を置きたかった龍造寺。

だが、少弐と肥前千葉が一体化しては逃れようがありません。
龍造寺は代々、肥前千葉家の被官なんです。
肥前千葉家、最後の姫様「尼日光」からも「力を貸してね^-^」と言われるil||li _| ̄|○ il||l
1490年、少弐政資は大友家からの合力を受けて、西肥前・東肥前を制圧する。

このまま勢力蓄えたら、大宰府奪還も夢じゃないかも~~~
(*´pq`)ウフフ の少弐政資の思惑が狂うのは、翌年と速かった( ̄ω ̄A;アセアセ

1491年、大内義興の支援で東千葉初代・興常が、千葉胤資(少弐実弟)に勝利。
さらに肥前千葉氏の居城・牛頭山城ゲットに成功する。


肥前千葉は晴気城に入り、千葉胤頼は西千葉初代認定。il||li _| ̄|○ il||lコンナハズジャ・・・
肥前千葉氏が、ニ家に分裂したのが誰の目にも明確となる。

剛忠(家兼)が父・康家死後に独立し、龍造寺家が村中宗家と水ケ江分家に別れるのは、
その翌年の1492年の事なのだが、それは・またの話 by^-^sio
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テーマ : 歴史
ジャンル : 学問・文化・芸術

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時乃★栞

Author:時乃★栞
筑前・筑後・肥前・肥後・日向・大隅・薩摩に気合いバリバリ。
豊前は城井と長野が少し。豊後はキング大友関連のみ。

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