FC2ブログ

【考察・動員のファジー】江上表・八院合戦編6栞89


鍋島軍の江上表八院における動員兵力32,000は諸説ある。

(『葉隠』聞書第六によると1万2千、『太宰管内誌』は2万余、『立斎旧聞記』は1万余)

ネット上で検索しても、鍋島軍の武将の○○が何人率いた、という具体的な記述は出て来ない。

したがって、図々しくも素人が想像で書いちゃうわけで、ゆるい目で見てね(^ -)---☆Wink




1590年に秀吉が天下統一を果たして以来~関が原まで10年、国内で戦は無くなった(話の都合上一揆は除外)

この間に「戦争を知らない世代」が出現する。

が、1592年~1598年の足掛け7年、朝鮮への海外出兵がある。

朝鮮で初陣だとしても、慣れない異国での戦は新兵を一人前にするには充分だ。

実際「朝鮮の役」では、高齢・怪我・病などで世代交代する武家は多かった。
(前回出た竜造寺茂綱もパパンが朝鮮の役でダウンし当主交代)

つまり「朝鮮の役」での動員兵力が、そのまま精鋭であり、現役兵ということになる

立花軍であれば、朝鮮動員が約3000、大津攻め動員が2500、江上表八院動員が3700、これが柳川13万石の精鋭であり現役兵だ

したがって柳川城に集結した13000のうち、残り9000は「予備役=後方支援・守備が任務」で通常動員では最前線に出無い兵力。

もともと立花では「関が原で西軍が負けた上は恭順すべし」の意見でまとまっていた。

ところが手柄が欲しい鍋島が果し合いを申し込んだので「武士の面目」のため出陣することになったのだ。

立花の武勇を見せるためだ。予備役を出陣させたりしない。バリバリの精鋭3700で、1~3陣を選抜した。


立花家紋

だが鍋島の事情は違う。立花を倒すことに御家存続の是非が掛かっている。

立花の精鋭を野戦で粉砕し、さらに本城の柳川城を降伏開城するところまでもっていかなきゃならない。

城を囲むとなれば攻撃側兵力は、籠城側の数倍を要する。 

攻城となれば、加藤清正や如水も出てくるだろう(てか立花が粘ったら鍋島だけじゃ手が足りん)

その場合、柳川城攻撃での主導権を握り、鍋島の手柄にするためには【鍋島軍>如水+加藤軍】の状態がベスト。

だから32000は、動員出来るかどうかではなく、何としても集めなければならない数だ

鍋島が「朝鮮の役」で動員したのは12000、これが経験豊富な現役兵かつ精鋭で、残り2万は今日で言うところの予備役になる

(予備役=通常動員では戦場に出ない守備兵、動員数字マジックの源)

13万石の立花が、全ての支城を空にして9000の予備役を集めたのだ。35万石の鍋島なら現役兵+2万の動員は可能だろう

1600年10月後半~北九州で降伏していない西軍は立花だけで、鍋島は自国が攻撃される心配は(ほぼ)ない。

支城の兵士だけで足りなければ水軍の水夫だっている。(頭数揃えるだけなら~ってこと)

この頃の九州の制海権は、豊後沖~関門海峡までが黒田軍、反対側の肥後~日向までは清正の水軍が制圧済みだ。

鍋島が水軍を動かす可能性は限りなく低いので、水夫たちは遊んでる状態だもん。

さすがに長崎には守備兵を残さないと不味いが、甲冑を着て鉄砲・槍を持たせるだけの留守番なら女性でも構わない。

てかマジで江上表八院にも女鉄砲隊が出陣したかもしれない。

近年の古戦場跡の遺骨発掘では、女兵士が多く発見され研究者を驚かせているそうだ。

え?そんな無理しなくても傭兵のほうが楽に集まるだろう~ですって?

だめだめ~そんな金があるなら鉄砲を買うべし!

3千が1万に匹敵すると恐れられた立花軍の精鋭の足を留めるには、銃火器しかない。

やっぱりネットでは検索できなかったけどシオ推測では、鍋島は相当数の鉄砲を集めたと思う。


鍋島家紋

前回紹介した竜造寺茂綱だけで、300丁の鉄砲を所持していたそうだ。彼の領地は当時2万石。

【鍋島35万石÷茂綱2万石×300丁=5250丁】単純計算で、これだけの数の鉄砲があった計算になる。

戦国時代、日本は世界でも有数の鉄砲保有国だった。

優秀な日本の鉄砲は商人の手によって、はるかオスマントルコ帝国まで輸出されていたほどだ。

何もゼロから集めるわけじゃない。端数切り上げ6000丁としても、もともと所持している銃の他に購入するのだ。

長崎を領する鍋島家なら急場でも集められるだろう。てか、御家存亡の危機です。財政が破綻しても集めなければならない。

現役12000+予備役20000に豊富な鉄砲~これで楽勝かと言えば、そう簡単に行かないの戦争だ

なぜなら予備役が現役兵士より劣るのは、万国共通の常識

予備役は「朝鮮の役」に出兵してなければ、最前線から離れて10年のブランクがあり、若年者なら江上表八院が戦場デヴューの初陣だ

主家存亡のピンチ、普段は守備ばっかだけど最前線に出るのは出世のチャンス!(=^・ω・^=)v ブイ

ヤル気は満々でも、指揮官の命令に一歩も二歩も反応が遅れるのが予備役で、その遅れが戦場では命とりになる。

軍の中身が心配といえば、初期の如水混成軍も同じだった。

如水が8月に金で集めた一般公募者は、商人だの職人だの、甲冑を着けるとこからスタートのド素人だったからです。

それが9月9日出陣で豊後(大分)から筑前(福岡)まで転戦を重ねて、足掛け2ヶ月。

途中からは投降した西軍も混成軍に入って、戦力スキルアップ。

8月の初期応募者で、10月の今まで生き残った者は、一人前の「兵士」になっているだろう。

だが鍋島は10月初めに動員かけて14日出陣から戦まで僅か1週間!にわか編成の大軍は江上表八院がブッツケ本番だ!~ぇえ!(゚ロ゚屮)屮

「大軍に兵法無し」というけれど、果たして立花の歴戦猛者精鋭を、数で圧倒する事が出来るのか?!

それは・またの話 by^-^sio
ちと話の展開としては推測が多いので強引になりました。

実際のとこ2万が妥当かなぁ~という気がしないでもないです。
(葉隠と立花側の記録が、もろ朝鮮での鍋島軍の動員数だしネー(*´・д・)(・д・`*)ネー、プラスアルファで2万ってとこじゃね?)

ただ鍋島は、長期戦ではなく短期決戦のつもりでいたはずなんです。

佐賀を空にする不安や軍事費のやりくりの心配だけでなく、何よりも家康の機嫌を恐れてました。

長引けば東軍・家康の威信に傷が付くので、短期間でケリをつけなきゃならないんです。

だから常識的な数値を度外視し、無理に無理をして大動員したはず・・・と判断しました^-^
にほんブログ村 地方・郷土史
スポンサーサイト



コメントの投稿

非公開コメント

プロフィール

時乃★栞

Author:時乃★栞
筑前・筑後・肥前・肥後・日向・大隅・薩摩に気合いバリバリ。
豊前は城井と長野が少し。豊後はキング大友関連のみ。

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
カテゴリ
月別アーカイブ
アクセスランキング
[ジャンルランキング]
学問・文化・芸術
822位
アクセスランキングを見る>>

[サブジャンルランキング]
歴史
120位
アクセスランキングを見る>>
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR