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【婚儀は、裏切りの証】龍造寺隆信「連」の巻1

1554年某日、神代勝利の嫡男・長良と川副衆・鹿江兼明の娘が結婚した。

(-ω-;)ウーン
これだけ記述しても、事の重大さは伝わらないでしょう。

神代勝利~山内豪族たちの総領にして地方史の英雄、少弐配下。
若き龍造寺隆信の宿命のライバルです。
(といっても二人は親子に近い年齢差がありますけど)

川副衆・鹿江兼明~川副を束ねる豪族・郡司5人衆の一人です。
郡司という役職自体は律令制のものでして、当然、戦国時代の現在は役職としての権能はありません。
ですが地方によっては呼称が残ってて、かつて郡司を排出した武家が名乗ってたりしたそうな。
これ以上は専門的すぎてウィキペディア読んでも脳に浸透しなかった,;.:゙:..:;゙:.:: (゚∀゚ゞ)ブハッ!
つまるところ、それだけ古くから川副にいた豪族ってことなんです。

亡き剛忠(家兼)は「田手畷の戦い(1530年)」の功績により、これまた亡き少弐資元から川副千町の領地を拝領した。
龍造寺家と川副衆との接点は、ここから始まった。 

人物・剛忠小 剛忠(家兼)イメージ画像

強かな剛忠(家兼)は川副千町を足掛かりに、少弐領だった与賀郷へと勢力を伸ばした。
その前後に龍造寺家臣となったのが、与賀の石井氏であり、本庄の鍋島氏。

主君(少弐)が衰退したのを「ラッキー♪」とばかりに、主君の領地の豪族&領民たちを手懐けてたのだ。
遣り方はともかく、少弐が龍造寺を潰そうとしたのは、決して故ない事ではないのです。

「少弐VS龍造寺」
川副・与賀の豪族と領民は、龍造寺を選択した。

理由1・少弐が川副・与賀の領地維持が困難になり、本拠地を神埼郡に移した。。ショボーン..._φ(・ω・` )
理由2・少弐が龍造寺を潰すために有馬と同盟組んだ  ガ━━━(゚ロ゚;)━━ン!!
理由3・与賀の石井氏が川副・与賀の豪族たちに「龍造寺押し」を働きかけた


筑後へ亡命してた剛忠(家兼)が肥前に帰還する時。
同じく筑後へ亡命する羽目になった隆信が肥前に帰還した時も。

川副と与賀の豪族&領民は、こぞって龍造寺を出迎えていました。

川副・郡司5人衆の全員を調べる事は、コアすぎてシオじゃ無理でした^^;
龍造寺家臣団に中に、鹿江氏、久布白氏、南里氏とあり、彼等が川副衆です。

彼等と龍造寺家は、剛忠(家兼)の頃から固い絆で結ばれているはずでした。
それなのに川副衆・鹿江の娘が神代勝利の嫡男に嫁いでいた。。。
それ即ち、神代の調略の手が、剛忠(家兼)有縁の地たる川副にまで及んでいたという事です。

龍造寺と神代の和睦は、1554年時点では出てません。
百歩譲って和睦のための結婚だったとしても、龍造寺サイドは、もっと隆信に近い係累から姫を選ぶはずです。

鹿江が何故に龍造寺から少弐サイドに寝返ったのか、頑張って調べたけどシオレベルでは不明でした。
また隆信が鹿江の寝返りをいつ知ったかもシオレベルでは不明です。
ですが隆信は神代の動向を調べるため、頻りに間者を放っていたそうなので、早い段階でバレていたでしょう。
村中(佐賀)城に復活したばかりの隆信は、鹿江を直ぐに討伐せずに泳がせていたと思います。


領地か待遇で不満か、はたまた隆信の将来性を危惧したか、鹿江は神代(=少弐)というカードを引きました。
鹿江一族の運命は、神代家との縁組によって決定したのだが、それは・またの話 by^-^sio
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テーマ : 歴史
ジャンル : 学問・文化・芸術

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読み方

そうなんです^^;

まだウロ覚えのときに、ゴチャゴチャになって大変でした^^

No title

長崎は神代と書いて、こうじろ ですね。

くましろ

読み方は別にして「神代」という姓や地名は現代でも残ってるそうです^^

周防&主水

石井一族から横岳を継いだのは知ってたけど、姓が変わってたのは知らなかったです。

北肥戦誌で、いまは1556年くらいまでしか読み進んでないんで、両家ともに未だ出てきてないです^^;

No title

神代勝利さん、名前のように優れた武将であった様ですね。

神代というのは、昔はくましろと呼んだみたいですね。

No title

私もよく知りませんが、周防家は鍋島清房あたりから分かれた家 主水家は石井一族からで横岳家を受け継いだようです。

神代勝利

山内一帯、地方史の英雄です。

大胆不敵とか神出鬼没って彼の為にある言葉みたいです。
神代が負けて亡命した時も、山内の民は龍造寺の代官に懐かず、神代帰還を待ち続けたそうですよ。

主水家や周防家

ん~~まだ、そこまで調べきれてないです^^
すいませんノンビリ屋で^^

No title

神代勝利は手ごわい武将だったようですね。かなり手を焼いたとか。
主水家や周防家が戦ったとききましたが
間違っているかもしれません。時代錯誤してるかもしれません。
プロフィール

時乃★栞

Author:時乃★栞
筑前・筑後・肥前・肥後・日向・大隅・薩摩に気合いバリバリ。
豊前は城井と長野が少し。豊後はキング大友関連のみ。

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