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九州限定戦国年表(永禄年間一部抜粋)

永禄元年(1558年)
内田壱岐・内田善兵衛兄弟、種実のために居館を建てる。
秋月種実、毛利元就より八十貫(800石)の地を贈られる
11月30日、相良義陽、婚儀を延期。
北原兼守、逝去。



永禄2年(1559年)
1月、大友義鎮、肥前守護職に、6月には豊後・筑後の守護職になる。また11月には九州探題に補任される。
・秋月種実、毛利氏の援軍を得て旧領回復。
・大友義鎮、府内の湊にて南蛮商人と交易する
3月17日、伊東義祐、馬関田右衛門佐への北原家督に反対の者を都於郡城にて詰問。その帰途を六野原にて待ち伏せて、詰め腹を切らせる。
5月21日、菱刈家により水俣城が落とされる。
7月29日、上村頼孝、将兵700人を伴い帰参。
8月16日、獺野原の戦いにて、湯前地頭の東直政討ち死に(『八代日記』では9月3日に討ち死に、落城とあり)。
11月7日、阿蘇惟豊、逝去。
島津義久の室(花舜夫人)、卒去。



永禄3年(1560年)~大友軍が古処山城を攻める。秋月種実以下、力戦してこれを破る
3月19日、島津義弘、島津忠親の養子として飫肥に入る。
7月3日、菱刈家より、12屋敷との交換で水俣城を返還される。
9月4日、日向の兵乱を鎮めるべく、幕府より伊勢貞考が来訪。伊東方は偽の御行書を提示し、飫肥領有を正統化せんと図る(島津の史料では6月2日とも)。
11月28日、相良義陽、千代菊と婚儀。
稲富筑後が堺にて購入した鉄砲を相良家へ献上(相良家初の鉄砲)。
永禄3年より省約、守護方に叛くともあり。隅州廻城は良兼の代まで領し、降参のとき進上とあり。




永禄4年(1561年)
5月14日、肝付家が、島津家に叛き廻城を囲む。
7月12日、島津忠将、廻城の戦いにて竹原山に戦死。
この頃、伊東義益が家督継承。
7月頃、大友義鎮が出家し、瑞峰宗麟と号す



永禄5年(1562年)
1月22日、北原兼孝、伊東義祐により生害。
3月1日、島津尚久、卒去。この頃、島津義弘が鹿児島へ戻される。
3月13日、名和行興、逝去。
5月10日、相良家の人吉勢、北原家再興に助力し、伊東家が簒奪した真幸院へ討ち入り。1日で5つの城を落とし、12日に帰城。島津勢も6月3日に討ち入り。21日に白鳥権現社にて北原兼親を前に、島津方・伊集院忠倉、北郷方・北郷忠徳、相良方・深水頼金が相互扶助を約し神文を交わし合う。



永禄6年(1563年)
4月1日、阿蘇山が鳴動、翌日に茶碗に3-4つ入る程の霰が降る。7月17日にも降り、7月21日には球磨側にも降る。
5月14日、相良家、島津家を裏切り、伊東家と共に真幸の大明神城を落とす。但し、相良方に軍功ナシ。
11月9日、島津日新斎の室(寛庭院)、卒去。
・(3月~6月の間)大村純忠がキリスト教に受洗し、ドン・バルトロメウの名を得る(日本最初のキリシタン大名)。以後、純忠は領内へ過激なキリスト布教活動を行ったことで反発を招き、後藤貴明を擁しての叛乱が発生。針生城主・針生伊賀守も叛乱に加担し、7月27日夜半に、横瀬浦奉行・朝長純安の一行を針生の岸で襲い殺害する



永禄7年(1564年)
2月11日、島津勢が大口城を攻撃。
4月8日、名和行憲、逝去。享年9。
5月30日、伊東義祐、大河平氏の今城を攻撃。大河平隆次ら討ち死に。
11月7日、島津義弘、飯野城へ入る。
島津義久、修理大夫に任じられる。
12月29日、波多鎮(しげし)、家督に反対する日高喜(このむ)らにより岸岳城を追われる



永禄8年(1565年)~秋月種実、豊後浦部城主・田原親広の娘を娶る
6月、相良勢が豊福城を取り戻す。



永禄9年(1566年)
2月、島津義久、家督継承。貴久は剃髪し伯囿斎と号す。
9月9日、霧島山の御鉢が大噴火。死者多数
10月26日、島津勢、大挙して三ツ山城(後の小林城)を攻撃するも敗退。
祁答院良重、虎居城に於いて夫人に刺殺され、祁答院氏断絶。入来院重豊(14代)が祁答院を領する。



永禄10年(1567年)
・8月15日、秋月種実、大友方の戸次・臼杵・吉弘勢に夜襲を仕掛け勝利。
・秋月種長、誕生。(wikiには2月7日とありますが、『高鍋藩史話』には具体的な日付はありませんでした)
・有馬晴信、誕生。(永禄5年とも)



1568 永禄十一年
1月20日、島津義弘が手勢300にて、3,000(5,000とも)の相良・菱刈勢が籠る大口城を攻撃し大敗。
川上久朗が手傷を負い、戻った鹿児島にて2月3日に卒去。
5月、伊東勢が飫肥城を攻略。
12月13日、島津日新斎、逝去。
東郷重尚(16代)、島津義虎と阿久根で戦う。



1569 永禄十二年
5月6日、島津家久、大口城兵に大勝(相良の史料では3月24日)。
7月11日、伊東義益、逝去。これにより8月20日、桶平城より撤兵。
9月20日、大口城の相良・菱刈勢、城を島津方に渡し降伏。
島津義弘の嫡男・鶴寿丸、誕生。
東郷重尚、入来院重嗣(13代)に相議して島津氏に降伏。
12月、龍造寺勢が日高喜を岸岳城より追い出し、波多鎮が城主に復帰
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テーマ : 歴史
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時乃★栞

Author:時乃★栞
筑前・筑後・肥前・肥後・日向・大隅・薩摩に気合いバリバリ。
豊前は城井と長野が少し。豊後はキング大友関連のみ。

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