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【山内の英雄~神代勝利・弐】龍造寺隆信「連」の巻5

先日、監修様と神代勝利の話題でメールの遣り取りしてまして、自分の考えをメール返信しようと。。。
あれやこれやと φ(..φ ) PCカタカタ してる内に超・長文になってしまったので考察記事へとスライドしてたりする(爆

龍造寺隆信の前半生において、ライバルである神代勝利の存在は外せない。
そこで、道産子港町育ちのシオが一番困惑したのは「山岳地帯というものが全くイメージできない」事でした。
しかも、あぁ~た。戦国時代の山岳地帯ですよ( ゚д゚)ンマッ!!
脳内では「もののけ姫」のテーマソングがひたすらリフレインしておりました。。。(-人-)☆彡ダメダコリャ

そもそも山内の人々は、何で生計を立ててたのでせぅか~~?
神代家の履歴だけでは飽き足らず、シオのリサーチは山内という土地そのものから始まったのでした。
元々地理・地図の猛特訓だって、その一部だったのよネー(*´・д・)(・д・`*)ネー

東肥前ぬくもり戦国地図
(東肥前(手書きの)ぬくもり地図~(*´pq`)クスッ)

筑前と肥前の国境にある山内地方は、人馬物資の交流・往来が昔から頻繁だったらしい。
山岳信仰だけでなく、仏教も伝来。
多少のタイムラグはあっても、近隣諸国の情報も入ってくる。
一般的な山岳地帯のイメージにありがちな閉鎖性・偏狭性は少ない土地柄だった。

その証拠に山内総領に推戴された神代勝利も、父の代で土着した筑後国人。
また前回、紹介した杠(ゆずりは)氏も室町末期~戦国初期にかけて山内に土着した他国人です。

とはいえ山内は山岳地帯ですから、小盆地が点在しているため農耕地は限られています。
従って豪族たちに仕える家臣(武士)たちの扶持は、他地域より少なかった。
そのため武士たちの多くは副業を持ち、一大事があると集まる・・・といった郷士のような感じでした。

山内の様相が変化するのは室町末期。
他国と交流する中で新規の技術情報が入り、土地の開墾・開拓が進み始めたんです。
さらに他国との交易が軌道に乗り始めた。

輸出する商品・・・というと大袈裟で、あくまでも家庭内手工業規模。
皮なめしした皮革製品・土器・織物など。
元々が他国と交流が盛んな土地柄ですので、消費者のニーズなどを積極的に取り入れたんじゃないかな~と想像してます^-^

生活が上向けば、築いた財を守りたいという自衛意識が、当然起きます。
そして富は兵を養うに足る。

時は戦国時代初期。
始めは自衛のためだったのが、やがては更なる豊かさを求めるようになったのではないでしょうか。
麓を降り、川を越え、肥沃な佐賀平野へと!

山内という土地に培われたエネルギーは、戦国期に入って熱を帯びたマグマとなって、その出口を求めていたのでしょう。
エネルギーの方向性を定めるには、山内を一つに纏める傑出したリーダーが必要です。

山内の人々はリーダーに対し、憂いを帯びた月光ではなく、雨上がりの空に輝く太陽のようなカラリとした明るさを求めた。
そして神の加護があるが如き神秘性を望んだのだと思います。
さらに担ぐ神輿には、彼らは少弐を選んだ。

家紋・少弐 少弐家紋ロゴ

落ち目の少弐を神輿に選んだ理由は・・・正直に言うと、自分の中で未だ答えが出せずにいます。
彼等に純然たる忠義心があったとは思えず、よくある守護大名と被官の関係のように思うからです。

しいて想像するならば、山内の独自性・従前の利権の堅持。
今日はA、明日はBの配下とフラフラするのではなく、山内は山内として自立したかったのかな・・・って。
すいません。まとまりなくて^^;

龍造寺隆信が産まれた1529年(享禄5)の5月、勝利は神代家51代目当主となり、そして千布氏の娘を娶って、遂には野田宗利らの推挙により山内26ヶ山の頭領となる。
山内の英雄・・・神代勝利、誕生の瞬間だった。

龍造寺家が一国人領主から戦国大名化するためには、少弐(主君)と神代(主君のシンパ)を排除しなければならないのだが、それは・またの話 by^-^sio
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テーマ : 歴史
ジャンル : 学問・文化・芸術

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Re: No title

曲淵ダム~いまグーグルさん見ました^^

なるほど~所要時間とかの感覚は判らないですけど抜けられますね^^
ありがとうございます^-^

Re: No title

あら、少弐と一緒・・・というより目結紋ですね^^

うちは、四ツ目を○で囲んだ「丸に隅立て四つ目」です。
家紋って面白いけど調べ始めたら引き返せなくなりそうだから、突っ込んで調べてないです^^

No title

博多から、九州自動車道通らないで、一般度を行くと
曲淵ダムから佐賀へぬけます。

時々通ります。

No title

うちの家紋、この4つ目です。
でも関係ないですね。
家紋とか苗字とか、おもしろいです。

Re: No title

はい^^

具体的な峠とか街道の名前は調べきれなかったんですが、ちょいちょい行き来があったそうです^^

No title

博多から、三瀬あたりを通り佐賀へ出てきたりしますから、
物流が盛んだったところというのはうなづけます。
プロフィール

時乃★栞

Author:時乃★栞
筑前・筑後・肥前・肥後・日向・大隅・薩摩に気合いバリバリ。
豊前は城井と長野が少し。豊後はキング大友関連のみ。

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