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北肥戦誌【1573年】

●元亀4年・天正元年(1573年)

この冬、上松浦草野の鏡城主・草野鎮永が小城へ使者を派して、千葉胤誠の旧臣を扇動して一揆を企てた。

これはすぐさま、持永治部丞・陣内蔵人・宮崎伊予守らより村中城へ注進され、隆信は小城へと出馬、一揆勢を追い払った。

そして警戒の為に松尾山に布陣していたが、草野をそのままにしておくわけにもいかず、隆信は12月下旬、神代長良にも加勢を頼むべく秀島家周を遣わした。

但し、このときに大雪に見舞われ、秀島は止む無く清流寺に宿を取った。


また、隆信は同時に、上松浦は岸岳(鬼子岳)城主・波多鎮(後の三河守親)にも支援を求めており、同意した鎮より老臣・八竝武蔵守を草野攻めの案内者として差遣した。

草野は波多が龍造寺の先導をすると聞き、ならば波多を攻めんと岸岳城へ攻め掛かった。

鎮は佐嘉へ急使を派して援兵を乞うた。




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時乃★栞

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