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秋月種実12【秋月】謀反ノススメ・壱【筑紫】

自分が筑紫氏を知ったのは、実は肥前戦国史ではなく筑前戦国史を調べてて、秋月絡みで知った。
凝り性の自分にしては、珍しく中途半端なリサーチ。

それで余りにも去就がコロコロ変わる筑紫氏を、てっきり強かな国人領主かと・・(._+ )☆\(-.-メ)オイオイ
尤も、肥前戦国史リサーチに本腰を入れ、改めて筑紫氏を調べたら、更に去就の変化が凄かった^^;
少弐一門の筑紫氏は、一門でありながら何度も大内氏に寝返っている。

それにイラついた少弐命の熱狂家臣・馬場頼周に、筑紫満門が謀殺されたほどだ。
だが筑紫氏の立場に身を置けば、大内に寝返るのは無理もない。
というのも、筑紫エリアは大宰府に近すぎるからです。

筑紫エリアは、ザックリと福岡県筑紫郡~鳥栖市付近あたりで、東に位置する大宰府から直線距離で10~20kmくらいしか離れてません。
さらに不味いことに、大宰府と筑紫エリアの間には、天嶮として自然の盾になるような山河がない(涙目)

大宰府に恙なく少弐氏が治まっている分には無問題。
ところが大宰府を大内に奪われ、大宰府に大内の大軍が駐留するとなると・・・(((((( ;゚Д゚)))))ガクガクブルブル

大宰府を追われた少弐氏は、筑紫エリアの頭越しに背振山系・肥前側に拠点を移す。
あれよあれよと、気づけば筑紫エリアはVS大内軍への最前線化!!
少弐をモグラ叩きするため奔流のように押し寄せる大内軍に、筑紫単独で抵抗しきれるものではない。

(筑紫にとって)ムカつくのは、少弐は自分がヤバくなると、とっとと逃げちゃう(OR自害でアボン)
なので、本家としても主君としても、到底アテにする事は出来ない(-ω-怒)
少弐が御家再興する間ず~っと、筑紫氏は大宰府に駐留する大内勢からの圧力を受け続けるんです。
生き残るために筑紫は大内配下となる。
この時点で筑紫氏は半ば、国人領主化してたかもしれない。

大内が滅ぶと、北九州で鼻息荒い大友氏配下となった。
もちろん筑紫の本意ではない。
同じく本意でないが、大内滅亡の流れで大友配下となった秋月氏と意気投合。

1557年、筑紫惟門と秋月文種が毛利元就の支援を受けて、大友に反旗を翻したのだが大敗北^^;
秋月の方は既に紹介したので、筑紫の方だ。

秋月文種は家臣の裏切りにより自害したが、筑紫惟門は嫡男・広門を伴い五箇山城を脱出している。
ピンチにおける逃げっぷりの上手さは、惟門だけでなく嫡男・広門にも受け継がれており、
翻ってみるとピンチになると必ず親子バラバラに逃げて御家再興を計る少弐氏を彷彿とさせる。
(さすが一門,;.:゙:..:;゙:.:: (゚∀゚ゞ)ブハッ!)

で、脱出した筑紫惟門・広門親子は、海を越えて山口は毛利元就の庇護を受けた・・・
と言われていたのだが、近年では「基養父のいずこかに潜んでいた」説が有力らしい。

1559年元旦に秋月が攻撃開始し秋月旧領を回復すると、筑紫惟門も行動開始。
同年、筑紫惟門は兵2000を持って大宰府を急襲し大友派遣の代官を殺したのだが、それは・またの話 by^-^sio
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テーマ : 歴史
ジャンル : 学問・文化・芸術

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時乃★栞

Author:時乃★栞
筑前・筑後・肥前・肥後・日向・大隅・薩摩に気合いバリバリ。
豊前は城井と長野が少し。豊後はキング大友関連のみ。

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