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【葉隠の系譜・壱】龍造寺隆信「覇」の巻 2

お蔭さまを持ちまして、7月15日で肥前戦国史連載開始から満一年の佳節を迎える事が出来ました。
これも偏に未熟な管理人を支えて下さった皆様のお蔭です。

この一年、プライベートもブログ運営に関しても様々な事があり、たびたび中断しましたが根気よく御付き合い頂き本当にありがとうございます。
現在は交通事故により腰を痛めて通院中で、これまた連載が途切れがちで申し訳ありません(´Д`;) 
養生しつつ続けてまいりますので、今後とも何卒宜しくお願いしたします^-^

記念記事としてまして企画したのが、肥前といえば葉隠!(`・ω・´)キリッ
てことで、「葉隠の系譜」をお届けします^-^
既に御存知の方も、初めての方も、お楽しみ頂けるよう精進します~♪ヽ(*´∀`)ノ

家紋・竜造寺

さて葉隠の系譜を紐解く前に、まず龍造寺のルーツを御説明したいと思います。
いまさら?・・・・と咄嗟に思った方、すいません^^;
初めにプロローグ的にするような話が、今になったのは偏に自分の未熟さ故です。

言い訳すると龍造寺が・・・・・(1~5スルー可)

1・胤家系(正嫡)龍造寺から村中(次男・家和系)へと家督チェンジ
2・剛忠(家兼)の水ケ江龍造寺が、長男⇒次男⇒長男の長男への変則相続
3・少弐とトラブル前は、剛忠(家兼)が一時期、総領の座を預かってた
4・隆信と再婚した村中当主未亡人は、実は剛忠(家兼)の孫娘(次男の娘)な件
5・1558年現在、龍造寺一門筆頭は世が世なら嫡流の胤家系出身の家親だったりする

とまぁ、かなり入り組み複雑で、龍造寺のルーツそのものに触れる余力が持てませんでした^^;
一年連載し続ける合間合間に、北肥戦誌に登場する地名や国人をコツコツ地道に調べ続け・・・
やっと記事に起こせるだけ関連データを脳内チャージしましたので、改めて紹介ね(^ -)---☆Wink



さて、龍造寺のルーツには諸説あるそうなのですが、一番有力なのが肥前高木氏。
肥前高木氏からは複数の分流が出ており、本記事と直接関連あるのが(高木氏以外で)「龍造寺氏」「於保氏」です。

で、ここで御礼の次に載せた家紋に注目^^/
実は今まで混乱を避けるために「龍造寺家紋ロゴ」で通していました。
がホントはルーツである高木氏と龍造寺は同じ家紋を使用してたんです( ̄ω ̄A;アセアセ

ちなみに肥前高木から派生した同族は全て日足家紋でして、区別としては御日様の後光のような足?の本数が違います。(デザインも若干違う)
だから同族かどうか、互いに家紋を見れば一目瞭然^-^

よくある「総領の座」争いですが、高木氏と龍造寺が、そういう方向で諍いした形跡は見受けられません。
ただ肥前高木氏が衰退していくなかで、龍造寺の方で(高木に代わって自分が)総領家意識があったかも?
って印象をシオは感じましたが、そのあたりは微妙です。剛忠(家兼)は本音を見せないタイプなんで^^

肥前高木氏は鎌倉時代に勢力を誇り、官位は太宰大弐・・・これはホントか不明^^;
官位はともかく、前回紹介した「肥前国一の宮・與止日女神社」の大宮司でした( ゚д゚)ンマッ!!

それが九州ではよくある南北朝時代に衰退。
代わって台頭するのがシオが大好き「肥前千葉氏」川* ̄д ̄*川ポッ 

家紋・肥前千葉 肥前千葉家紋ロゴ

それまでの肥前千葉氏は下総・千田庄(本貫地)と肥前・小城郡を行ったり来たりしてたんです。
イザ鎌倉・元寇のため嫡男でありながら九州へ強制移住させられた肥前千葉氏。
弟が継いだ千葉氏総領の座を諦めきれず、肥前千葉当主は頑張って千葉県と佐賀県を往来。
してたんですが、さすがに南北朝動乱期に二つの領地支配が物理的に難しくなった^^;
そこで千田千葉氏(本家)と肥前千葉氏(分家)に別れ、肥前千葉氏は小城郡に土着した。

もともとが勢力ある一族なので、肥前小城に本腰入れたら、たちまち肥前高木氏を圧倒。
「肥前国一の宮・與止日女神社」の大宮司職も、肥前千葉氏にとってかわられます。
肥前千葉が東西に分裂してから、大宮司職がどうなったかまでは辿りきれませんでした。
元亀4年の西門寄進時の大宮司が千葉胤連(鍋島殿を一時養子にしてた西千葉氏)です^-^

実は肥前千葉氏が「肥前国一の宮・與止日女神社」の大宮司だった事をシオが知ったのは最近なんです^^;
というのも参照先サイトによって「與止日女神社」が「川上社」だったり「河上社」だったりと表記がバラバラ。
そのため「川上社」で「河上社」が「與止日女神社」と同じ神社の事を指し、かつ「肥前国一の宮」だって気づいたのが、今年の7月,;.:゙:..:;゙:.:: (゚∀゚ゞ)ブハッ!

佐賀県の方はどうでしょう?、
川上社はともかく河上社が與止日女神社と同じって、すぐピンと来ますか?(道産子涙目)
土地勘の無いシオは読んでいても関連性に全く気付かず、地道に地名検索と各国人勢力エリアをコツコツと照合してたら、[神社とデータ]スッ≡( ̄ー『+』ゝハッケンしたんです。

愚痴はさておき、肥前国主とまで尊崇された肥前千葉氏が、「肥前国一の宮・與止日女神社の大宮司」というのは、頷ける話(゜゜)(。。)(゜゜)(。。)ウンウン
祇園社を招聘しただけじゃ、東国御家人系氏族が勢力地盤を築けないよネー(*´・д・)(・д・`*)ネー

肥前高木氏は在地領主クラスまで衰退、家は東高木と西高木に分裂し、肥前千葉氏の被官として偏諱を受ける立場に・・・ (゜-Å) ホロリ
ちなみに首なしで暴れた魔法使い・高木鑑房は東高木氏のほうなのだが、それは・またの話 by^-^sio

※監修様へ、二話で終わるの無理みたい,;.:゙:..:;゙:.:: (゚∀゚ゞ)ブハッ!
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テーマ : 歴史
ジャンル : 学問・文化・芸術

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時乃★栞

Author:時乃★栞
筑前・筑後・肥前・肥後・日向・大隅・薩摩に気合いバリバリ。
豊前は城井と長野が少し。豊後はキング大友関連のみ。

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