FC2ブログ

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

【葉隠の系譜・勇】龍造寺隆信「覇」の巻5

八戸(於保)氏の最盛期を作った人物が、八戸(やえ)宗晹。
下野守。東肥前十九将の一人。生年不明。
八戸宗晹の妻は剛忠(家兼)の曾孫・・・龍造寺隆信の姉(妹説あり)だった。

系図~高木・於保・龍造寺の関連系譜
(八戸宗晹の漢字が間違ってる・・・il||li _| ̄|○ il||l)

於保氏が、いつから八戸氏を称したのか、正確な年代は特定出来なかった。
てか、そもそも宗晹は次男であり、於保当主じゃなかったはずです。

これまた推測なんですが、
剛忠(家兼)は自分の娘の孫(剛忠(家兼)から見て曾孫)である宗晹の器量を見込んで、これまた自分の曾孫にあたる隆信の姉を娶せて、於保から独立させて別家を立てたんじゃないでしょうか。

曾孫夫婦って事は、親同士が従兄弟だからして、ハトコのカップリングになるのか?(-ω-;)ウーン
島津並みの同族・血族婚です( ̄ω ̄A;アセアセ

この推測でいくと、八戸宗晹が八戸姓を称した時期は、結婚した時or八戸城に入った時orどっちも同時、の三択。
年代が曖昧な最大の理由は、八戸(やえ)城の築城年代、もしくは八戸宗晹が八戸城に入った時期が不明だからです( ̄ω ̄A;アセアセ
ちなみに八戸城で検索するのは御勧めしない。佐賀市と入れても検索結果が・・(以下略)

地図・八戸エリア2
(うねってる水色線は嘉瀬川~^^/)

八戸城の場所は、現在の龍雲寺(佐賀市八戸1丁目6-35)です。
佐嘉(村中)城&水ケ江城から1kmちょっとの近さ。
於保城(現在の於保天満宮で嘉瀬川リバーサイドカントリークラブの近所)とは3km弱の位置。
於保と龍造寺が連携を組むための「仲立ち」として程よい場所にあります。

剛忠(家兼)は、於保御家再興の後見し、本来なら嫡流でない次男(胤宗~宗晹の祖父)系統に於保家督を継がせ、さらに次男の宗晹自身に曾孫を娶せ八戸城を継がせたんです。
当然、八戸宗晹を自分の一族としてカウントしてただろうし、龍造寺配下とさえ思ってただろうし、それが無意識に態度に出ちゃってたかもです。( ̄ω ̄A;アセアセ

過度な恩というのは、相手の器量次第では毒になります。
普通に一般家庭で考えても、婿入りした訳でもない・自分から頼んでもいないにも関わらず、嫁実家都合で、嫁実家から援助され、家庭に口も手も出されるのを喜んだり、プライドが傷つかない旦那はいないでしょう。

少弐と龍造寺が手切れになった時。。。八戸宗晹は少弐サイドにつきました。
八戸宗晹は嫁実家・水ケ江龍造寺から、いえ剛忠(家兼)から離れ、自立したかったんだと思います。

さらに重要なのが八戸エリアの位置。
仮に龍造寺に与した場合、八戸宗晹エリアが、VS少弐、ひいてはVS神代の最前線になります。

ここで思い起こすのが、龍造寺勢に編成されてた(らしい)於保氏が三代に亘り次々戦死し、滅亡しかけたという事実です。
これ以上、龍造寺に便利使いされて、最前線に狩り出され戦死の憂き目は真っ平御免。
自分の利益だけの為に行動したい・・・という欲求が出ても不思議じゃありません。

少弐の陰謀で、90という高齢になって、長男・次男・孫一族を失った剛忠(家兼)。
まさか剛忠(家兼)がリベンジに成功するとは、八戸宗晹も夢にも思わなかったでしょう^^;
ゾンビ復活力という点では龍造寺も少弐とドッコイです。

剛忠(家兼)が死んだ時、八戸宗晹は龍造寺が分裂すると判断したと思います。
少弐の陰謀後、一時期ですが村中と水ケ江は別行動でしたから。
八戸宗晹の最大の誤算は、妻の実弟が肥前の熊と異名をとる英雄だったことなのだが、それは・またの話 by^-^sio
スポンサーサイト

テーマ : 歴史
ジャンル : 学問・文化・芸術

コメントの投稿

非公開コメント

Re: 川浪さま

すいません。
自分の手持ちの史料には無いようです。
お役に立てず申し訳ありません。

初めまして

初めまして、川浪といいます<(_ _)>
祖先について調べている家庭で貴ブログに巡り合いました。
いきなりで大変恐縮ではございますが、もしご存知でしたら教えて下さい。
私の10代前の川浪自安は多久聖廟の建立に尽力し多久の東原庠舎の初代教授でした。
それはさておき、初代の川浪定公は、龍造寺周家とともに、天文15年に祇園原で馬場頼周に討たれました。
慶釿に仕えていた妻の妙金は、勢福寺城に晒し首にされた夫の首を取り戻し、八戸の龍雲寺に葬り、殉死を願い出ますが、慶誾に止められ、八戸 宗暘に嫁いでいる自分の娘(妙久)に仕えるよう命ぜられ、その後、妙久が亡くなると、三日後に後を追い殉死したと伝えられ、これは、女の殉死の国内最初の例であると記されているのですが、この周辺について記録はお持ちでしょうか?
不明な点があり、調べているところです。
プロフィール

時乃★栞

Author:時乃★栞
筑前・筑後・肥前・肥後・日向・大隅・薩摩に気合いバリバリ。
豊前は城井と長野が少し。豊後はキング大友関連のみ。

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
カテゴリ
月別アーカイブ
アクセスランキング
[ジャンルランキング]
学問・文化・芸術
505位
アクセスランキングを見る>>

[サブジャンルランキング]
歴史
86位
アクセスランキングを見る>>
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。