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【神代VS龍造寺、その最前線】龍造寺隆信「覇」の巻7

熱く激しい1558年(弘治四)は、元旦早々に神代勝利のリベンジ旧領復活から始まった。

少弐冬尚を奉じる事によって、山内豪族たちの既得権益を守りたい総領の神代勝利。
その神代勝利を倒さなければ、今は仇敵・怨敵となった少弐を龍造寺が倒す事が出来ない。
肥前の熊・龍造寺隆信と山内の英雄・神代勝利との戦いは、避ける事が出来ないものだった。

神代勝利の旧領復活と同時に、龍造寺の方も神代に加担した八戸(やえ)宗晹の八戸城を攻撃し落とした。
(詳細は前話参照)八戸宗晹は何とか城を落ち延び、神代勝利を頼った。

(以下、緑文字部分は北肥戦誌より抜粋)
隔して隆信は、宗暘の領地である八戸・新庄・津留・諸隈・益田・木角・成道寺などを悉く奪い、また八戸城を破却した。

てことで、新たな地図入荷~~^^/
地図・1558年エリア
緑斜線部分が神代エリア、茶斜線部分が龍造寺エリアで、小城市からは千葉エリアになります。

もともと龍造寺は与賀郷、川副郷と有明海沿岸に向かって勢力を広げてました。
今は破綻しちゃったけど、神代と表向き友好だった頃に神代から龍造寺に譲渡されたのが大財と愛敬(島)。
これに八戸エリア(佐賀市八戸、鍋島町の大字が付く方一帯で嘉瀬川と国道263号線が大雑把な境目)が加わる。

管理人の興奮が伝わるでしょうか?
ついに龍造寺は佐嘉郡における河川・河口流域と平野部の殆どを手に入れたんです。
一国人領主で被官で一時は滅亡しかけた龍造寺が、小城郡を領する千葉氏に匹敵する実力をつけたのが、この1558年初頭です。

(八戸宗暘の援軍要請を受けて)
神代は早速に宗暘と共に駄市川原に出陣する。
注進を受けた隆信は急ぎ長瀬に陣を張る。


三瀬村誌によると神代勝利本人が出陣したのではなく、杠(ゆずりは)主水を援軍として差し向けたそうです。
杠主水は龍造寺軍の東南へ夜襲をかけたのですが、龍造寺家就が主水を撃退o( ̄Д ̄θ★ケリッ!
で(夜襲撃退の)注進を受けた隆信が長瀬に陣を・・・と北肥戦誌にある流れになるようだ。

ちなみに長瀬とは佐賀市高木瀬大字長瀬で、地図にあるように大財と愛敬(島)より神代エリアである大和町に近い位置になります。
陣を布くってことは、高木瀬あたりまでが龍造寺エリアに入ったのかな~と思い茶斜線入れました。

またまた三瀬村誌によると長瀬は本陣の位置なんだそうで、長瀬から五領北村にかけて布陣したそうです。
北村は特定できなかったんですが、五領は尼寺の中にあります。
実は長瀬と一口にいっても結構範囲が広いんですよ~それで特定するのに迷って修正テープ跡が。。。爆
尼寺五領と長瀬は最短距離だと250mくらいなんですが、布陣の範囲としては普通なのかどうか知識不足で判りません( ̄ω ̄A;アセアセ
それと尼寺って書いて(にいじ)って読ませるそうです・・・どんな寺だったんだろぅ( ̄ω ̄A;アセアセ

龍造寺勢から小河筑後守、小河但馬守、納富左馬助、納富越中守、納富治部大輔、内田美作守、鹿江宮内大輔、福島民部大輔、倉町上総介、倉町大隅守ら駄市川原の敵陣へ押し寄せて鬨の声を上げる。

山内勢はこれに足軽を出して矢を射かけ、勝利と宗暘は春日山へ登った。

龍造寺勢は続いて春日山へ陣を寄せ、成富信種が高城寺を焼き払って敵を炙り出さんとすると、勝利と宗暘は夜陰に紛れて山内へと退いた。
隆信も程なく佐嘉へ帰陣する。


>高城寺を焼き払って
ぅぎゃぁぁ!!( Д )  ゚  ゚ 国指定重要文化財がぁぁぁ!
この戦火の中をくぐり残ったのが高城寺文書なんだな~ (゜-Å) ヨカッタ、ノコッテホントウニヨカッタ、、、

ちなみに山内に亡命した八戸宗暘ですが、三瀬村誌によると神代勝利が杠山に館を与え住まわせて扶持したそうです。
城は落ちて更に破却され、領地は奪われ・・・おそらく妻子とも、そのまま生き別れ再会する事はなかったでしょう・・・
だって佐嘉に護送され保護された八戸の妻は、龍造寺隆信の実姉ですもの・・・ショボーン..._φ(・ω・` )
男として武将として今まで築いてきた全てを奪われた八戸宗暘の無念は、察するにあまりある。
その後の八戸は隆信への復讐にだけ生きる事となる。

隆信はその後、山内を攻める布石として、春日山城の修理普請を命じた。
北肥戦誌に春日山城とあるのが、かつて高木鑑房の本城だった甘南備(かんなび)城の事です。
位置は大和町・神代エリアに囲まれた、まさに最前線!
龍造寺と神代の激突は、この城から始まるのだが、それは・またの話 by^-^sio
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テーマ : 歴史
ジャンル : 学問・文化・芸術

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時乃★栞

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筑前・筑後・肥前・肥後・日向・大隅・薩摩に気合いバリバリ。
豊前は城井と長野が少し。豊後はキング大友関連のみ。

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