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【永禄元年、肥前の熱い9月・前篇】龍造寺隆信「覇」の巻8

1558年2月28日、弘治から永禄へと改元。
この年の6月、彗星が出現しています。

すっかり忘れてたが(おぃ!)1556年に龍造寺隆信の嫡男・政家が産まれています。
自分は隆信の龍造寺総領としての地位が真に安定したのは、政家誕生の時じゃないかと考えています。

18代目龍造寺当主が男子がないまま急死したため、隆信が18代目未亡人と再婚する事で龍造寺総領の地位に付きました。
その18代目未亡人、実は剛忠(家兼)の孫娘でして、隆信からみて血の繋がった従兄弟叔母にあたります。

剛忠(家兼)の水ケ江龍造寺家は、剛忠(家兼)の意向(だと思う)で家督相続が摩訶不思議でした。
あ、家督相続って言っても、実権はモチロン剛忠(家兼)ですよ^^b

家系図・龍造寺系図①

系図にある青ラインが水ケ江龍造寺で、家督は長男⇒次男⇒長男の嫡男って流れでした。
(ちなみに少弐の陰謀で剛忠(家兼)の長男・次男・長男の嫡男は全員殺されてます)
そのくせ長男の嫡男の嫡男・・・剛忠(家兼)の嫡曾孫にあたる隆信は出家させちゃうし。
あのジー様、マジで何を考えてるんだかサパーリですわ。

そういう複雑な事をすれば、必ず揉めます。
剛忠(家兼)の死後、水ケ江龍造寺当主にと剛忠(家兼)次男系である鑑兼クンが担ぎ出され、お蔭で隆信が筑後へ亡命する羽目になったんです。

で、肝心の18代目未亡人は剛忠(家兼)次男家の姫君でした^-^
(鑑兼クンから見て姉(同母か異母かは不明)にあたります。)

18代目未亡人と龍造寺隆信の結婚は、単に本家・村中龍造寺と分家・水ケ江龍造寺の融合だけではない。
亡き剛忠(家兼)が複雑にしちゃった家督・・・水ケ江龍造寺長男家と次男家の融合でもあるんです。
それら全ての因縁を解決する結晶が隆信の嫡男・政家です。
これまでの経緯から推測すると「政家誕生」で、隆信の総領としての地位は確たるものなったはずであり、更に言うと隆信の後継者は政家でなければならない。

家紋・竜造寺

龍造寺家は肥前の複雑な政情に合わせて、総領の座をコントロールしてきました。
最初は止むを得ないものだったかもですが、途中からは剛忠(家兼)が意図的にしてたと思います。

本家総領も長男から次男へチェンジしたり、剛忠(家兼)自身も一時は総領の座を預かったり、かと思えば当主後見となって表舞台から引っ込んだりと複雑な事してます^^;

まるで江戸時代の殿さまみたいです。
極論すれば、殿様個人より藩という組織が優先される。
それで治まるのは「泰平の世」なればこそ、です。

そして剛忠(家兼)の水ケ江なら「それ」で良いんです。
何故なら剛忠(家兼)は分家で、村中宗家を守らなければならない立場なのだから。

推測ばかりで申し訳ありません。
自分は龍造寺隆信が「当主の権限」を強化しようとしてたんじゃないかと思うんです。
「龍造寺全体のための交代可能な総領」ではなく「龍造寺唯一無二の総領」への質的変化です。

実際問題として急速に勢力拡大した龍造寺家では、家臣・豪族をまとめるためには、当主のワンマン、トップダウン方式で行くしかなかったと思います。
「実力の父・隆信」と「(水ケ江)龍造寺血統上の超サラブレッド嫡男・政家」の二元体制でバランスをとろうとしたんじゃないかな~~~という推測。

だって村中宗家では、本当の意味で男子が絶えたわけじゃないですもん。
分家の出である隆信より、宗家の血統を濃く引く男子がいるんです。
「宗家嫡流じゃないことだけ」を挙げれば、隆信だって「そう」です。
だからこそ18代目未亡人との再婚による補完が必要であり、後継者は未亡人との間の長男でなければならないんです。

分家出身の隆信が総領であるためには、18代目未亡人と「合体」川* ̄д ̄*川ポッ しなきゃならない。
ところが、出家して夫の菩提を弔いつつ静かに慎ましく過ごすつもりだった未亡人にとり、歳下の従兄弟甥との再婚なんてアンビリバボー。
一族に説得されて止む無く再婚はしたものの、隆信に靡こうとしなかった。

その未亡人を脅して・・・ゲホグホゴホッ、もとい説得したのが小河信安でした^-^
当時、未だ地位不安定だった龍造寺隆信は、未亡人との和合を働きかけてくれた小河に感謝し、その忠義心・武勇にも全幅の信頼を置いていました。

小河は単身で乗り込み神代勝利を暗殺しようとするような、ちょっと強引な面もあります。
(そういや未亡人を説得した手段も強引だ・爆)
実は激情タイプ小河信安、、、その最期の夏が始まるのだが、それは・またの話 by^-^sio
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テーマ : 歴史
ジャンル : 学問・文化・芸術

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時乃★栞

Author:時乃★栞
筑前・筑後・肥前・肥後・日向・大隅・薩摩に気合いバリバリ。
豊前は城井と長野が少し。豊後はキング大友関連のみ。

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