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【ふぉ~えばぁ~少弐・後編】龍造寺隆信「覇」の巻29

油断していた(勢福寺)城兵は取り乱し、江上武種は降伏し、城を出て筑後へ逃れた。
残された冬尚は成す術無く、同月11日に自害した。享年33。

少弐冬尚の年齢には異説があって、自分も異説支持なんですが、とりあえず北肥戦誌の記述通りで。
この時、江上武種は龍造寺隆信に内通してたとも言われますが、真相不明です。

また、冬尚も江上と共に城を忍び出て、有馬仙岩父子を頼み藤津へ逃れ、七浦にて病死したとも言われている。
少弐冬尚のじぶとさを考えると、こっちも有りな気がする^^;

家紋・少弐

とにかく少弐氏は、今度こそ、やっと、遂に、滅亡しました。
いや~長っかったっす・・・il||li _| ̄|○ il||l
まさか、ここまで少弐が肥前戦国史に絡むとは、リサーチ前は甘く見てました^^;
実は少弐冬尚には弟がいまして、その弟を擁しての御家再興運動があるんです。
が、龍造寺隆信という英雄が肥前に台頭した以上、少弐の御家再興は二度とありませんでした。

さて、冬尚落居を知り千葉胤連(西千葉)は、不仲である冬尚の実弟・千葉胤頼(東千葉)の晴気城を攻めるべく龍造寺家に助勢を頼み、差し向けられた1,500と共に牛尾城を出陣する。
これに胤頼は、城を出て東の山路で戦うも、家人12人、又者(陪臣)4人と共に討ち取られた。享年28。


肥前千葉の西と東の経緯は、複雑なんで書ききれません^^過去記事にアップ済~
とにかく100年ほど端折ると、東千葉の家督は少弐冬尚によって乗っ取られてました。
冬尚実弟の千葉胤頼は、当時10代前半の少年だったので、冬尚の思い通りに出来たでしょう。

この実弟は、兄である少弐冬尚を良く支えてました。
牛尾城だって、元々は東の千葉胤頼が、兄が晴気城に入った場合に備えとして築城した城だったんです。
ですが、この頃には牛尾城も西千葉に落とされ、晴気城だけが孤立している状態だったみたいです。

兄・少弐冬尚の為に生きてきた弟・千葉胤頼は、降伏することなく戦場で散りました・・・ショボーン..._φ(・ω・` )
兄の冬尚ですが、この時に晴気城にいて、晴気城から勢福寺城に逃げて江上に自害を勧められ、激昂した少弐冬尚は割腹し己の臓物を江上に投げつけ「七代祟りをなすべし」と呪詛したともあります。
江上氏の終わりを考えると、呪詛通りのような、そうでないような~微妙。

尚、胤頼には男子が一人あり、胤頼討ち死にの後に、上佐嘉川窪へ赴き神代家を頼った。
後に千葉(屋形)胤誠と名乗る。

保護された時に胤誠は、千葉氏重代の家宝を神代勝利に託したそうです。
千葉氏系図と刀などです。
胤誠には娘しかいなかった為、東千葉氏の系図は神代家が引き継ぎます。

佐賀藩士として残った神代家の本姓は、引き継いだので千葉と同じ平氏。
家紋は千葉氏の月星紋で通字も千葉氏で用いていた「常」を使ってます。
東千葉家最後の姫君は、神代家当主に「姉君」と呼ばれ大切に保護され、東千葉旧臣も神代家に仕えたそうです。

家紋・肥前千葉

(肥前千葉正統嫡家当主⇒)千葉胤連は以後、龍造寺に属し小城一郡を領した。
この時を持って、戦国大名・龍造寺氏の誕生です。

肥前・・特に東肥前の国人たちには、かつて主君が二人いました。
一人が太宰少弐・往時は肥前守護だった少弐氏。
いま一人が往時は肥前国主と尊崇された鎌倉以来の東国御家人系領主・肥前千葉氏。


この「二つの主家」が肥前戦国史を複雑怪奇にしてた最大の要因です。
国人たちの多くは、元々は肥前千葉氏配下で、肥前千葉が衰退(少弐に吸収)すると少弐配下へと流れていました。

従って東肥前を制覇する者には、少弐氏と千葉氏の両方を屈服させる必要が生じます。
どちらかが超然と残れば、かつての「御屋形様」として担ぎ出される可能性が無いとは言えない。
新たな東肥前の覇者の正当性が、脅かされるんです。

幾度となく御家再興を成功させてきたアンテッド少弐は、少弐冬尚の自害により永久の眠りにつきました。
かつての肥前国主・御屋形様千葉氏は、小城郡高田を本拠として龍造寺幕下に入りました。
二つの主家を下克上するという難題を、龍造寺氏は一族滅亡のピンチを乗り越え、見事クリアしたのです。

国人領主から戦国大名へ、蛹が蝶になるように成長した龍造寺氏。
勢力拡大を続ける龍造寺氏の前に立ちはだかるのは、全盛期を迎えんとするキングオブ九州・大友義鎮(宗麟)なのだが、それは・またの話 by^-^sio

「覇」の巻、これにて完結~またリサーチのため間空きます^^/
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テーマ : 歴史
ジャンル : 学問・文化・芸術

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時乃★栞

Author:時乃★栞
筑前・筑後・肥前・肥後・日向・大隅・薩摩に気合いバリバリ。
豊前は城井と長野が少し。豊後はキング大友関連のみ。

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