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『渋江家三氏、牛島・中村・中橋の事』前篇

今回は北肥戦誌からの抜粋ではなく、渋江を調べている内に芋づる式に出てきたデータです^^
脳内整理のためと備忘録?忘備録?どっちが正解なんだ~!!!(# ゚Д゚)・;'.
・・・コホン、とにかく記録として残すために記事にします^^

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さて前回の橘姓渋江氏には三氏の分家がありました。
要するに島津みたいに4兄弟だったわけです^^b

長男・渋江総領家
次男・牛島家
三男・中村家
四男・中橋家


ちなみに渋江家の諱に共通する字は「公」です^-^
渋江家では、勅使を迎える為の行事を嫡男のみに伝え、それをもって総領家の特権事項としたそうです。

ちなみのちなみに、牛島姓の由来は「橘姓渋江氏分家・牛島氏」からだと言われています^-^
全国だと自信ないけど、少なくとも肥前、肥後、筑後在住・牛島さんの御先祖は、橘姓渋江氏分家・牛島氏がルーツなのネー(*´・д・)(・д・`*)ネー

細かくは調べてないんですが(知識不足で挫折)渋江氏と次男家・牛島氏は「骨肉の争い」があったとか。
色々揉めてる内に衰微するのは良くあるパターン。
没落した渋江氏の一部は、龍造寺剛忠(家兼)を頼って佐嘉郡与賀郷に亡命してました。

戦国最終的に渋江氏は独立した勢力として残れなかったんですが、
後藤家と縁戚関係だった事と後藤家の勢力拡大で渋江家が衰退した事などから、分家である牛島氏と中村氏が後藤家臣として吸収されたんです。

肥前で著名な後藤と言えば「武雄後藤」で、後の龍造寺四家「武雄龍造寺(鍋島)家」ですがな~
龍造寺隆信の三男・家信が武雄後藤へ養子として入りました。
その息子・後藤で龍造寺で鍋島の茂綱が、シオブロ書庫「江上・八院合戦」で登場し、鍋島軍第二陣大将(=^・ω・^=)v ブイ

【公方栗毛】江上表・八院合戦編5
http://blogs.yahoo.co.jp/tokino_siori/5534368.html?type=folderlist
【リアルも】立花VS鍋島【応援】~江上・八院合戦編10
http://blogs.yahoo.co.jp/tokino_siori/5761351.html
この戦いで活躍した「柳川七騎」メンバーの中に、茂綱家臣として牛島監物の名が上がってます^-^
が、こちらの牛嶋さんは、橘姓牛島氏とは別系統のようですヽ(。_゜)ノ アララ~

末っ子分家・中橋氏の記録はシオレベルでは辿れませんでした(_´Д`)アイーン

問題は|三男分家・中村氏|_ ̄)じぃー
この中村家・・・・どうも乱を呼びたがる家らしく、主家で宗家である渋江氏を凌ぐ勢力を保持してました。
中村の起こした波乱とは、巡り廻って「肥前の歴史」そのものに関わるほどの騒動だったのだが、それは・またの話 by^-^sio

一話だと超長文になりそうなんで、そうそうに前後編で手を打ちました,;.:゙:..:;゙:.:: (゚∀゚ゞ)ブハッ!
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テーマ : 歴史
ジャンル : 学問・文化・芸術

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時乃★栞

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豊前は城井と長野が少し。豊後はキング大友関連のみ。

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