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【エリアKAWAKAMI・川上合戦2】龍造寺隆信「道」の巻7

北肥戦誌曰く、永禄4年(1561年)9月上旬、隆信は山内の神代勝利へ使いを出し、
「御辺に対し鬱憤は片時も止む事が無い。ここは両家の行く末を掛け一戦に及び、今月13日、山里の境たる河上へ出張られ勝敗を決しようではないか」と伝えさせた。


神代側(三瀬村史)と北肥戦誌との記述の差以外に、もう一つ気になる点。

「山里の境たる河上」の部分。

この山里の境って、地形的な意味じゃなくて(神代と龍造寺の)勢力圏の境目を言ってるんじゃないでしょうか?

神域・社領というのは本来は、守護不入で軍事不介入の地域ですから、敵対する者同士の軍事緩衝地帯として国境になってる事があるんです。

地図で見た方が早いでつね~~o(* ̄○ ̄)ゝ「画像出すでつ~古いの使いまわすでつ~」
地図・1558年エリア

これは1558年当時のエリアです。茶斜線が龍造寺、緑斜線が神代エリア
川上社は大和町で、この地図より更にチョイ北、嘉瀬川流域にあります。

1551年に龍造寺隆信がクーデターで肥前から筑後に亡命してた頃。
平野部に勢力を伸ばした山内衆~大財と愛敬島(現:愛敬町)まで神代エリアでした。

その後、いったん和睦した両者。
大財と愛敬島が和融の証(表向きは慶事に対する祝儀)として、神代から龍造寺へ譲渡されます(1554年)

龍造寺隆信と神代勝利が会見し物別れしたのが、大財の西にある多布施。(1555年)
つまり神代勝利の最盛期は、多布施が龍造寺と神代のエリア境界線だったんです。

1558年正月に龍造寺が八戸エリアを分捕ったので、茶斜線境目・・高木瀬あたりが境界線。
駄市川原で神代勢と龍造寺勢が激突してます。
んで、同年に名尾峠で決戦して龍造寺が大敗しました。

龍造寺隆信は、山内で神代と戦う事の愚を悟り、いったん撤収。
アンチ龍造寺たちが神輿として担いでいる少弐氏を倒す事に全力投球し、少弐冬尚を自害に追い詰める事に成功します。(1559年)
これにより龍造寺エリアは佐嘉郡から神埼郡まで広がります。

地図・佐賀江川と犬塚

佐賀江川と犬塚と~で書いたように、商業・経済圏としては佐嘉江川流域まで龍造寺支配下。
が軍事的エリアですと田手川流域にある崎村までが龍造寺エリアです。
崎村の東犬塚が龍造寺配下だから^^b

じゃ上流まで全部が龍造寺か~というと、そうは上手く行かない。
城原川の直鳥犬塚が大友配下オンリーの道を選んで、龍造寺とは一線引いてるからです。
更に直鳥の上流にある横岳が、少弐一門の横岳氏エリア。
ところが城原川を更に上流に行くと、今度は龍造寺に降伏した江上武種の勢福寺がある。

といった具合に神埼郡は、龍造寺エリアと、アンチ龍造寺エリアが錯綜してます。
とりあえずハッキリしてるのは、龍造寺配下・崎村の東犬塚さん~最前線ガン( ゜д゜)ガレ

じゃぁアンチ龍造寺=イコール神代エリアなのか・・・というとノンノンノノン♪
そこで龍造寺が神輿として担がれてた少弐冬尚を倒したのが生きるわけです。

中心となる神輿の中身が殻になった為に、少弐配下とアンチ龍造寺の紐帯が途切れて、おのおの別行動になってるからです。
少弐配下とアンチ龍造寺の立ち位置は微妙に違います。

少弐配下・・つまり旧家臣で一門衆は、ひたすらに御家再興を目指す(事にメリットがある)グループ。
アンチ龍造寺は在地国人で、龍造寺配下になりたくない利害関係が敵対してるグループ。

でもって崩れてきたのが在地国人が中心のアンチ龍造寺たち。
国人は自分たちが生き残るのが最優先。抗しきれないとなれば龍造寺配下となるのを選びます。

つまり神代勝利の同盟相手とは、少弐冬尚を神輿として担ぐという共通項の上で成り立つ同盟関係だったんです。

となると少弐が滅びた今となっては、かつての同盟関係をあてにしての行動は出来ません。
小城郡・佐嘉郡・神埼郡の三郡に跨ってた山内でしたが、上記推移を鑑みるに各郡平野部には神代エリアは残されてないとみたほうが良いでしょう。

まぁ勢力拡大する前に戻ったとも言えますな( ゚Д゚)y─┛~~
決戦するのに相手の領内にノコノコ入る馬鹿をやった龍造寺隆信は、二度と山内には(・A・)ハイラナイ!!と決めてた(と思う)
両者の軍事境界線で、かつ大軍を展開できるくらいのスペース確保となると、川上社周辺しかなかったんでしょう。

とりあえず、この決戦で増純(後の河上実相院座主)の川上社再興活動が、またまた遅れるたんじゃないかと思うのだが、それは・またの話 by^-^sio
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テーマ : 歴史
ジャンル : 学問・文化・芸術

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Re: 鍵コメさま

コメントありがとうございます^^

御先祖を調べるのに役立ったとのことで、こちらこそ嬉しいお言葉ありがとうございました。
未熟者ですが、これからも肥前史研究に精進しますので、宜しくお願いします^-^

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プロフィール

時乃★栞

Author:時乃★栞
筑前・筑後・肥前・肥後・日向・大隅・薩摩に気合いバリバリ。
豊前は城井と長野が少し。豊後はキング大友関連のみ。

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