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【英雄はツライよ!・川上合戦3】龍造寺隆信「道」の巻8

※緑太文字は北肥戦誌より抜粋
永禄4年(1561年)
9月上旬、隆信は山内の神代勝利へ使いを出し、「御辺に対し鬱憤は片時も止む事が無い。ここは両家の行く末を掛け一戦に及び、今月13日、山里の境たる河上へ出張られ勝敗を決しようではないか」。と伝えさせた。


オタの呟きばっかで、ここから先に全く進んでません,;.:゙:..:;゙:.:: (゚∀゚ゞ)ブハッ!

(神代)勝利も龍家を追い出し、肥前を平定せんとの野心があり、これに河浪駿河守を送り出し、応じる旨を伝えさせた。

龍家って呼び方がカッコ(・∀・)イイ!
ところで三瀬村史の方では、決戦の場所を日時を指定したのは神代勝利の方になってます。

神代の返答は「前略)山と里の境たる河上辺へ出向いて見参しよう」で期日を9月13日に定めて使者を返した・・・とあります。
(三瀬村史では使者の名前は不明記)

自分は川上が龍造寺と神代の境界線だったのでは・・・と推測してます。
でもって、川上を選んだのはスペースもさることながら、あわよくば山内エリアに引きこもうとしてたようです。

三瀬村史にある神代側老臣会議でも
「平場で(龍造寺の)大軍と戦っては必ず勝てるとは限らない」
「名尾峠の時のように山内の難所へ誘き寄せて地の利を得れば隆信を生け捕りにして勝つことが出来よう」
との意見が多数を占めたそうです。

と・・・・いうより、それしか勝つ方法がありません。
龍造寺隆信は佐嘉河川流域~佐賀平野にかけて全て手に入れました。
配下に小城郡を領する西千葉家、神埼郡は佐賀江川流域全てと他一部が龍造寺エリア。
山内は平野の熊に押されて、孤立しつつあったんです。

人物・くましろん~ 山内の英雄・神代勝利イメージ画像

せっかく名尾峠で勝ったのに、神代勝利は戦火を広げる事が出来ませんでした。
おそらく山内勢は限界を超える動員をした事で、2日目筋肉痛状態で足が止まってしまったのでしょう。
余力のある龍造寺は方針転換し、打倒少弐に全力投球して、これに勝利しました。
じわじわ~とエリアが狭められていながら、神代勝利は大友を頼ろうとしませんでした。

三瀬村史曰く
「この一戦に勝てば日ならずして肥前を平定し我が掌中に治める事が出来る」(誰の発言か明記なし)

これは郷土史にありがちな盛りすぎ発言と一概には片付けられません。
東肥前において「大物を頼らず」「自立した勢力を目指す」という明瞭な意識があったのは、龍造寺と神代だけだからです。
神代が龍造寺を倒し龍造寺エリアに再び食い込む事が出来たなら、その勢いで少なくとも東肥前は手中に納める事は不可能ではないでしょう。(大友に勝てるかどうかは度外視で)

それと河川流域を利用する知恵は、神代の方にも知識があったと思います。
元々は筑後川流域の「神代渡し(通行権)」を管理してた家柄だからです。
肥前に土着する段階で不主だった山内に目をつけるなど、神代家は龍造寺とは別種の「英雄の匂い」がする武家です (人´∀`).☆.。.:*・
神代勝利が平野部~河川流域を制覇した未来予想図を見たかった・・・(´;ω;`)ウッ

戦国肥前には目ぼしい産業はないと以前に書きましたが、それには山内も含まれます。
山岳地帯のため開墾には限界があり、革製品などの家庭内手工業でもって現金収入を得ていたんです。
もし山内が大友配下になった場合、大友が要求する軍役に山内の生産力が追いつかず経済的に破綻するでしょう。
神代勝利が大友を頼らずに、自立した勢力として歯を食いしばって踏ん張り続けたのは、
単に山岳民族の誇りだけでなく、それ自体が「生き残る為の手段」だったからじゃないでしょうか。

思えば少弐氏はイイ感じに衰退してたので、神輿として担ぐには程よい重さだったんです。
少弐氏の要請で出陣し勝てば、そこは神代エリアo( ̄Д ̄θ★ペタっ足跡つけられた。
でも大友の要請で出陣するのは、筑後とか筑前とかとかメリットどころか出費のみの大赤字。
大友という神輿は、担ぎ手(国人)を潰す重戦車級,;.:゙:..:;゙:.:: (゚∀゚ゞ)ブハッ!

山内勢は神代勝利を中心に、非常に良くまとまってました。
それで隆信も直接の攻撃を止めて、神代の同盟相手を潰して行く事に方向転換したんです。
「龍造寺さえ倒せば・・・・」それが山内勢のチームワークを支えた希望でした。
結束が崩れるのは「もう龍造寺に勝つのは無理かも・・・」って、山内勢の誰かが思い始めた時です。

その境目が、この川上合戦です。
おそらく三瀬村史にあるように「決戦の日時と場所」を指定したのは神代勝利でしょう。

山内から出て来ない神代勝利を「その気」にさせる為に、龍造寺隆信がワザと神代に指定させたんじゃないでしょうか。
つまり、それだけ龍造寺には余裕があるんです。

日時と場所はソッチ指定でいいよ~などど挑まれては無視できません。
何より、これ以上「龍造寺」と「山内勢」の間に差がつけば、待つのは降伏か大友配下の二択しかない。
今が「運が良ければ」「上手く行けば」「自力で勝てるかもしれない」ギリギリの段階です。
英雄・神代勝利は危険を承知で龍造寺との決戦に挑むのだが、それは・またの話 by^-^sio
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テーマ : 歴史
ジャンル : 学問・文化・芸術

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時乃★栞

Author:時乃★栞
筑前・筑後・肥前・肥後・日向・大隅・薩摩に気合いバリバリ。
豊前は城井と長野が少し。豊後はキング大友関連のみ。

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