FC2ブログ

【決断・川上合戦8】龍造寺隆信「道」の巻13

オタの妄想はさておき、山内勢の結束力の凄さは、大将が暗殺されるという異常事態の混乱から、一時的にせよ持ち直した事です。
殺された三男・清次郎周利は二十歳の若さでしたので、おそらく父・勝利が物馴れた老臣を補佐として付けていたのでしょう。

東の都渡原に陣していた三男・周利勢は、必死に戦ったのですが、いかんせん新参衆がメインのニワカ増設部隊。
互いに互いが「あいつ佐嘉勢に通じてるんじゃ・・」と疑心暗鬼になって、攻撃のリズムが揃わない(_´Д`)アイーン
そうこうしているうちに、八戸宗晹、西川伊予守が負傷し戦線離脱。

西川伊予守に至っては自力で歩く事もままならず、家人に助けられ漸く鳥羽院に逃げ帰った。
後に西川は、自分を助けた家人に自身の「西川」姓を与えたそうです。

奮戦を続けていた他の山内勢も、ついに力尽きる。
広瀬・古場・杉山以下、西川伊予守を除く大半の山内勢が討たれて、三男・周利勢が瓦解した。


地図・エリア川上2

信周の勢はこれら(三男・周利勢)を打ち捨て、(嘉瀬)川を渡り納富が攻める南大門に加勢に加わり、勝利次男・種良の横合いに攻め掛かる。by北肥戦誌

三男・周利勢と戦っていた龍造寺信周・鑑兼・小河ら2000が、今度は次男・種良勢に矛先を向ける。
元々、次男・種良勢は2倍近い納富勢2500を相手に奮戦していた。
そこへ信周以下2000が敵兵に加わったのだ。
次男・種良勢に掛かった負荷は、一気に3倍弱に増大! ガチョ━━━(゚ロ゚;)━━ン!!

一方、主力軍である嫡男・長良勢も力の限り奮戦し続けていたため、さすがに疲れが出始め佐嘉勢に押されはじめてきました。

この有様を見ていた神代勝利は、臓腑を抉られるような苦悩を感じたのではないでしょうか・・・・
三男の突然の死を嘆く暇はありません。
今度は二人の息子がピンチなんです。

神代勝利本陣率いるのは兵1200。
今現在、活発な戦線へ援軍する場合、兵の逐次投入は絶対に禁忌(タブー)。
ベテラン戦上手の神代勝利なら経験的に判ってる事です。

というのは中途半端に援軍を送っても「焼け石に水」って事でして、下手すれば援軍もろとも自滅コース。
う~んと思い切って兵を割いて投入しないと、一旦不利になった戦況を変える事なんて出来ないんです。

3倍近い敵兵を引き受けて、もはや限界を超えてる次男・種良か。
疲れが出始め動きが鈍くなり佐嘉勢に押されてる嫡男。長良か。
父である神代勝利が物理的に援軍する事が出来るのは、どちらか片方だけ!

人物・くましろん~ 神代勝利イメージ画像

後に病死する神代勝利の死因は胃ガンだったと言われていますが、おそらく川上合戦でのストレスMAXが発病要因の一つだったんじゃないでしょうか。

親として我が子の愛おしさに順番はありません・・・(´;ω;`)ウッ

ちなみに勝利嫡男と次男は生母が違いまして・・
嫡男生母は勝利の異母兄一族である福島家娘。
次男生母は山内・千布城野田氏娘。
・・・・・どっちかを選んだ場合、政治的にもキナ臭くなるような?・・・(´;ω;`)ウッ


神代勝利関連の記録で、我が子の死を嘆く素振りや言動は一切残っていません。
おそらく本当に声音や顔に出さなかったのでしょう。
何故なら神代勝利は、頭領として山内を照らす太陽だから。
太陽は曇っちゃダメなんです。

これが累代の頭領なら、神代勝利のキャラクターは全く違ったかもしれません。
でも神代勝利は、勝利の代で山内衆から推戴された頭領。
「山内衆が望む頭領像でいなければならない」って、入り婿みたいな心理的枷が常にあったと思うんです。

武辺朝臣・神代勝利は、人前で自分の息子の死(だけ)を嘆く事は出来ない・・・
何故なら息子や身内が戦死したのは勝利だけじゃないのだから・・・

「答え」を出さないまま、神代勝利は川上社総門を離れ本陣を前に進めたのだが、それは・またの話 by^-^sio
スポンサーサイト



テーマ : 歴史
ジャンル : 学問・文化・芸術

コメントの投稿

非公開コメント

プロフィール

時乃★栞

Author:時乃★栞
筑前・筑後・肥前・肥後・日向・大隅・薩摩に気合いバリバリ。
豊前は城井と長野が少し。豊後はキング大友関連のみ。

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
カテゴリ
月別アーカイブ
アクセスランキング
[ジャンルランキング]
学問・文化・芸術
653位
アクセスランキングを見る>>

[サブジャンルランキング]
歴史
111位
アクセスランキングを見る>>
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR