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【考察2・海から見た肥前須古城】西肥前強化月間・リサーチ3武家目

龍造寺隆信は須古城攻略に足掛け12年の歳月を要しています。
攻略後、龍造寺隆信は須古城を修復させて隠居城にしてます。

龍造寺隆信が、それほど須古城を重要視した理由。
逆に城主・平井が抵抗し続けた理由&メリットは?

で、ふっと思いついたのが「海岸線」・・・・・・・・・ぐぅぐる・・・・アタヽ(´Д`ヽ ミ ノ´Д`)ノフタ

(・∀・)★ビンゴ!
六角川河口から有明海沿い・・・海岸線が大幅に違う~~!

住ノ江区、昭和搦、太原搦、新拓とかとか、ぜ~~んぶ戦国時代は海の底。
国道444号線より更に内陸へ1km弱、ここまでが戦国時代の海岸線(=^・ω・^=)v ブイ

現在の六角川は河口から直線距離2kmちょいで支流である牛津川と分岐してます。
が、戦国時代は六角川も牛津川も合流してなくて、それぞれ独立した河川なんです。
となると戦国時代の須古城は、海から2km強しか離れてなかった事になります。

陸のピストン輸送が完成する以前では、河川を利用した物資流通が一番コスト安。
少なくとも河川流域に住む人々は、河川船便にライフラインを依存しています。
六角川もクネクネと蛇行しているので、河川の流れは緩やかだったでしょう。
だから本来ならドンブラコ~っと船便に適してたはずです。

が、戦国時代の六角川には河川港も河口港も開港されてません。(-ω-;)ムムムゥ~~~
もちろん舟輸送はしてたと推測してるんですが、港がなければ物資の大量陸揚げが出来ない。
となると運上金で荒稼ぎ・・・ゲホグホ、もとい、関税収入は巨利ってレベルにはならない。

てことは、有馬へ寝返った平井氏が須古城を築城したのは、河川流通の利権絡みがメインな理由ではなく、純粋に軍事的な理由だった事になります。

人物・肥前須古、平井経治
須古城主・平井経治イメージ画像

自分は須古城が六角川流域を支配する起点の役割を担ってたと推測してます。
戦国時代の海岸線を考慮に入れたとしても、起点となる軍事的要地への築城は、通常ならもっと河口&海岸線に近い位置になるはずです。
小早川隆景の名島城みたいに、城へ海水(or淡水)を引き入れた水城にして天然の要害なんてイクね?(・∀・)
が、六角川では水城タイプの築城が無理が無理ですた・・・( ̄ω ̄A;アセアセ

六角川河口から有明海沿いの土地は、日本でも有数の地盤脆弱地帯だからです。
しかも地盤は泥土でジモティワードでドタ土。
ちなみに六角川流域も地盤が弱く泥土、だから橋をかけたりするには、まず大規模な築堤からスタートです。

白石町の海岸線には上記にあげたように○○搦と、搦という文字が目につきます。
この地名に残った文字こそが、土地を人工的に干拓した証です。

搦とは干拓用の堤の事でして、泥土を乾かすために堤でもって海水が入らないようにして、かつ泥土から排水をしなきゃ~で、これにはタップリドップリ数年かかります。
当然、一家臣の立場・裁量で行える事ではありません。

一つの搦に対し、10年くらいのスタンスで予算を組んで人員を配置することができる、安定した長期政権でなければ為し得ない「事業」です。
有明海の干拓は推古天皇の頃からあった・・・とさえ言われています。
ですが「搦」と言う言葉が文献に出るのは江戸期以降、つまり江戸時代以降に干拓された部分って事です。

さらにもう一つ築城には問題が・・・
つまり、長い時間をかけて自然の堆積と干拓によって広げられた土地ですので、海抜はゼロメートル。
に対して、有明海の満潮における海面上昇は、屋根より高い6m。
逆に干潮になって海が引くと10~15m海底が露出します。

地盤が脆弱な上に満干潮のアップダウンの激しさ。
だから海岸線から一定の距離をとった土地でないと築城は出来ません。
そして、それらの難問をクリアしつつ、六角川流域~河口~有明海岸線の軍事的要地として、最も適した位置に築城されたのが肥前須古城。

従って「有馬~白石須古の平井~白石・芦原の馬渡」の防衛ラインとは、陸の防衛ラインではありません。
「玄界灘~有明海~六角川流域」に至る「制海権の防衛ライン」です。

肥前須古城は、現代の地図からではなく、戦国期有明の海岸線・・・海から見る城です

肥前須古城が制海権のキーとなる軍事的要地である。
それを判ってて築城したのが平井兄弟。
それに気づいて何としても攻略しようとしたのが龍造寺隆信。

では両者は、どうやってソレに気付くノウハウを手に入れたのでしょうか?それは・またの話 by^-^sio
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テーマ : 歴史
ジャンル : 学問・文化・芸術

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時乃★栞

Author:時乃★栞
筑前・筑後・肥前・肥後・日向・大隅・薩摩に気合いバリバリ。
豊前は城井と長野が少し。豊後はキング大友関連のみ。

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