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【考察3・海から見た肥前須古城】西肥前強化月間・リサーチ3武家目

ちょっと自分が試行錯誤してるので、順番に河川の話から進めます。
佐賀県の方にとっては、俺らは学校で習ったよ~~って知識かもしれませんが、道産子で地理音痴のシオのレベルに御付き合い下さい(^ -)---☆Wink

六角川流域にとって起点となる要地が、平井氏(少弐一門・元千葉家臣)が築城した肥前須古城です。
河川流域の土地は、起点となる要地を押さえた者が支配者となります。
川は源流である山麓から海へと注がれていますが、富(物資)は海から来るからです。
物資流通ライフラインの窓口を押さえられたら、経済的に抵抗しきれない領民たちが真っ先に靡いてしまいます^^;

だから六角川流域が欲しければ、河川流域に住む豪族や国人をイチイチ斬り従える必要はありません。
起点である肥前須古城を攻略するのが一番の近道です。
そういう意味で肥前須古城の平井と、河川流域がエリアの馬渡氏は運命共同体。
両家の繋がりが強固になるのは、地形・地理的要因から必然の事です。

肥前須古城が龍造寺によって落城した時、運命共同体の馬渡氏は平戸の方へと落ち延びました。
馬渡一族は庶流が既に龍造寺家に仕えているので、嫡流の白石・馬渡としては下座に連なるのが嫌だったのもあると思います。

前回、六角川流域には河川・河口港が見当たらない~~
オカシイ・・地形・地理的にゼロのはずないぉ・・(-ω-;)ウーン(-ω-;)ウーン と一人頭を捻ってました。
が、これはシオがウッカリさんでした^^;
明治以前の呼称で港は「津」と呼ばれてたのを、郷土史専門ブロガーなのにスコーンと忘れてまして・・・
ウォーリーを探せ、ならぬ「津」を探せ~だったんです。
で、[ぐぅ~ぐる様]スッ≡( ̄ー『+』ゝハッケン

佐賀県杵島郡白石町福田(大字)秀津・・・おそらくここが河川港の名残です。
宿場町として繁栄しなかったのは、やはり地盤が脆弱なのが起因してると思います。
秀津そのものが河川から600mほど離れている位置にあるくらいですから( ̄ω ̄A;アセアセ

六角川流域は地盤が弱くて、何をするにも築堤から始めなければなりません。
地盤が脆弱な上に満潮時における河川逆流現象で、周辺が必ず浸水します。
だから大規模築堤工事前の戦国時代だと河川のすぐ傍に施設等は無理なんです。

ちなみに六角川流域周辺の地盤も有明海と同じ泥土ですから、土地開拓しても「農地としては最適」ですが宅地造成には不向き。
平成の現代でも六角川周囲は農地が主で、住宅街は河川から少々離れてます( ̄ω ̄A;アセアセ
それで肥前須古が海岸線・河口から2km強距離をとってるように、秀津も数百メートル距離をとってるんだと思います。


あと白石町が他地域ほど商業的に発展しなかったのは、龍造寺家が「藩・大名」として生き残れなかったのが大きいでしょう。
くどいようですが肥前須古は起点の土地ですので、河川流域を開拓し海岸線を干拓さえすれば発展する土地なんです。
江戸期に六角川河口に開港された住ノ江港は、杵島炭鉱の関連もあって炭鉱閉山までは大いに賑わってました。

龍造寺隆信が沖田畷で討たれず存命し、肥前において龍造寺政権が確率していれば、杵島郡の土地開発を担うのは鍋島家ではなく龍造寺家です。
となると藩主or藩祖(←隆信ね)が住まう館の街は、一つの経済圏として本貫地・佐嘉城(村中城)と連携された第二首都として機能してたと思います。

龍造寺隆信は、そういう将来的な構想も含めて、肥前須古城を自分の隠居城にしたんじゃないかな~と素人が推測 川* ̄д ̄*川ポッ 
鍋島様の時代に白石町の有明海干拓は商業的発展は構想に含めず、あくまでも農業用地としての干拓に主眼がおかれました。
藩主・鍋島勝茂が干拓を督励するために京都から招聘したのが八坂神社で、それが肥前三大祇園祭りである「秀津祇園」の由来です^-^

陸・空の輸送が確立し物資流通ライフラインが大きく変化した現代では、肥前須古の起点としての役割は終わってるというか、停まってます。
ちなみにシオ地方は未だ船(フェリー)便に、ライフラインを依存してます( ̄ω ̄A;アセアセ
台風の度にアレコレ入荷が遅れ・・・ゲホグホゴホ

だから現代目線では肥前須古の重要さはピン来ないので、まず戦国時代の海岸線を頭に入れなきゃならいんです。

で前回のラストに話が戻る(爆
「龍造寺の遺髪を受け継いだ鍋島様はさておき、龍造寺が河川流域を支配するノウハウを何時の間に覚えたのか?」
そのルーツは少弐氏から始まっているのだが、それは・またの話 by^-^sio
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テーマ : 歴史
ジャンル : 学問・文化・芸術

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時乃★栞

Author:時乃★栞
筑前・筑後・肥前・肥後・日向・大隅・薩摩に気合いバリバリ。
豊前は城井と長野が少し。豊後はキング大友関連のみ。

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