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【長崎市の長崎氏・参】西肥前強化期間・リサーチ4武家目

系図・長崎氏専用簡略版

龍造寺からの圧迫に大村純忠は一つの決断をした。
それは貿易港・長崎そのものをイエズス会に寄進すること

・・・う~ん、やっぱり理解できないなぁ。
大村純忠が「寄付する」と、何故決断できたのか?独断?合意?(誰と?)
6ヶ町の権利関係・所有権が、どうなってたかサッパリ判らんちん,;.:゙:..:;゙:.:: (゚∀゚ゞ)ブハッ!

イエズス会は知行地の寄進を受けるのを禁じられてたそうです。
その為、申し出を受けた宣教師は一年間(も)悩んだそうですが、
保護者である大村本人が「うち龍造寺に降伏するんです!先の保証が出来ない件~」という緊急事態。

1580年、イエズス会宣教師ヴァリニャーノは、貿易港・長崎の寄進を受けた
余談だが、日本における煙草の栽培は、長崎純景の桜馬場城下に住んでいた宣教師たちが、庭に苗を植えた事から広まった~という話があります。
タバコは戦国当時は「薬」という認定だったのよネー(*´・д・)(・д・`*)ネー

てことで桜馬場城下にいた宣教師たちが、1kmちょっち離れた6ヶ町に引っ越したのか?
となると、やっぱり判らないシオなのだ( ̄ω ̄A;アセアセ
後に長崎は内町と外町に区割りされたので、宣教師ら外国人居留エリアが内町だった・・・かも?(汗
長崎とキリシタンの歴史が濃すぎて、ニワカ知識では深いところまでは調べきれません(´;ω;`)ウッ

というのも宣教師ヴァリニャーノが複雑な事をしたんです( ̄ω ̄A;アセアセ
知行地は受け取れない、でも緊急事態って事で、相談した結果の折衷案~~~~

イエズス会:長崎の支配権と徴税権、貿易船からは碇泊料
大村家:長崎の司法権は大村家の役人が担当、貿易船からの貿易税は大村純忠の取り分


人物・大村純忠 大村純忠イメージ画像

大村純忠が「長崎をイエズス会に寄進した」というのは、この時の事を指します。
先ほど、内町・外町の話をチラっとしました。
長崎を本貫地とする長崎純景の領地は、この外町側です。
つまり、外町側の長崎純景は貿易港・長崎の利権に関し、何の恩恵も無かったという事です

これは誰が見ても釈然としない~~~~~モヤモヤします。
舅である大村純忠は、宣教師たちの危難を救う大檀那として感謝され、さらに利権の一部も手にした。
婿である長崎純景は、長崎が本貫地の国人であるにも関わらず、貿易港長崎の繁栄を指を咥えて眺めるだけなんです!!

無論、この利権の配分には相手があることなので、大村だけの意向ではないでしょう。
清貧に徹する宣教師は、過度な報酬を得るのを修行の妨げと思ってたはずですから。
長崎純景も状況として、止むを得ないのは理屈・理性では判ってたのだと思います。

でもモヤモヤするんです!
この時のシコリが、後年の長崎純景の運命を決めるのだが、それは・またの話 by^-^sio
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テーマ : 歴史
ジャンル : 学問・文化・芸術

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時乃★栞

Author:時乃★栞
筑前・筑後・肥前・肥後・日向・大隅・薩摩に気合いバリバリ。
豊前は城井と長野が少し。豊後はキング大友関連のみ。

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