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【ホタルノヒカリ・後篇~大津落城】柳川藩初代藩主編9栞80

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大津城~この城は長期籠城に耐えられる城ではなく、そもそも本来が軍事用ではない。 
琵琶湖の側にある水城で、琵琶湖の水運を利用し運ばれる船荷・物資保管用の城です。

それが籠城戦を頑張れたのは、京極高次の奮戦もさることながら、
淀君&北政所からの和議(わぎ=調停)が入るということで、
攻撃側は重火器の使用を手控えていたらしい。

根っからの軍人である宗茂は、この生ぬるい状態に軽くイライラ(--怒)していた。

とはいえ高次たち京極勢は、奮闘しました。

9月11日~京極側が西軍に対し夜襲を行い戦果をあげる(=^・ω・^=)v ブイ

9月12日~だがジリジリと追い詰められ、この日には大津城周辺の堀が埋められた(_´Д`)アイーン

ここで西軍は軍議を開き、大津城までの障害が無くなったので「明日、総攻撃しよう」

「それじゃ体力をつけなきゃ~」ってことで休息を取ることになった。

嵐の前の静けさ・・・敵味方、双方に生じた弛緩した時間帯・・・ハプニングとは、こんな時に起きる。


大津城には京極側が雇ったフリーランス忍者たちがいた。

諜報専門の彼らは、戦が始まると仕事がなくてヒマしてたらしい。

休憩中の西軍の陣営に忍び込むと、軍旗を2本盗み出し大津城へ持ち帰った。

ニンニン'z「西軍の奴らダラしね~な♪軍旗が盗まれたのに未だ気づいてね~ぜ♪バァ~カ」

と「城壁の上で」軍旗を振り回し、ゎーィ♪ヽ(*´∀`)ノ□ヽ(*´∀`)ノゎーィ♪ と、遊んでいたが場所が不味かった( ̄ω ̄A;アセアセ

ニンニン'zが遊んでいた城壁は、立花軍の陣地の真ん前だったからだ,;.:゙:..:;゙:.:: (゚∀゚ゞ)ブハッ!

( ̄ko ̄)<ちなみに盗まれたのは毛利秀包の軍旗でつ


立花宗茂イメージ画像

大津城の城壁で翻る味方の [軍旗]スッ≡( ̄ー『+』ゝ宗茂が発見!!

宗茂「おお!あれは毛利殿(秀包のこと)の軍旗ではないか!さては抜け駆けされたか!それっ立花軍も攻撃だ!遅れを取るな!((((((((((っ´▽`)っヒャッハ~

9月13日早朝~大津城総攻撃は、このハプニングから始った

立花軍・先鋒は薦野増時(このもますとき~2話目「雷神の墓守」参照)の嫡男・成家だ!

彼らは阿修羅のごとき勢いで大津の城壁をよじ登り、大津城一番乗りを果たす。

3千が1万に匹敵するといわれた強兵・立花軍(by小早川隆景調べ)

それが火の玉のように攻めてくるのだから、腰がぬけるほどマジで恐い(;;)ノ

立花軍に遅れるな~~~と他の西軍も一気に総攻撃に掛かる。


どうも・・・その・・・宗茂、ほんとは軍旗がヒラヒラ~は、ハプニングだって気づいてたみたい。

でも、この生ぬるい状況に早くケリをつけたくて、わざと勘違いしたフリしたっぽい(*´pq`)クスッ

一方、西軍総攻撃に京極側は慌てた~アタヽ(´Д`ヽ ミ ノ´Д`)ノフタ

まさか自分たちが雇ったニンニンが、おバカなイタズラしてるとは夢にも思わない~~突然の攻撃で初動の対応が遅れた。

西軍の本気モードの攻撃は凄まじく、二の丸・三の丸がアッという間に制圧される。

京極家臣たちは、主君・高次に和睦開城を申し出るのだが、高次は意地を見せて拒否(`・ω・´)キリッ

14日も抵抗を続け、高次自身も槍キズを二ヶ所負う。

この状況に、高次の正室・初姫が悲鳴を上げた。 

過去、落城で何度も身内を失っている彼女には耐えられなかったのだ。
(賢婦人と称えられる彼女は、途中まで甲斐甲斐しく城兵たちを鼓舞してたが、夫の負傷に動転したらしい)

再び淀&北政所の使者(前回とメンバー同じ)が入り、和睦を申し出る。

大津城は本丸を残すのみの裸城となり、落城は時間の問題だった。

妻だけでなく、家臣団も開城を願う状態では戦い続けるのは無理です。

9月14日夜~大津城は降伏

9月15日~京極高次は城を明け渡し、自身は高野山で謹慎することになった

だが時すでに遅く、関が原では本戦で西軍が敗れていた・・・

あ~~~~~~~~惜しい!あと二日粘ればなぁ~~~蛍大名の汚名は完全返上できたのに~~

関が原本戦前で高次は、要所・要所で家康に自分の行動をアピールしている。

妻の人脈を上手く利用し和睦をチラつかせ、本来軍事用ではない大津城の籠城を長引かせることにも成功。

加増は大津6万石⇒若狭8万石と微増だが、これは本戦に参加していないので止むを得ない。

ニックネーム(蛍大名)が有名すぎて、知名度も軍功に対する評価もイマイチ低い。

だが一度、没落した京極家を大名として復活させたのだから、基本スペックは高い人物なのだろう。

家康の信頼もあつく、直筆の手紙をもらっている。

まぁ妻の妹が2代将軍・秀忠の正室だから人間関係に恵まれてますしね(*´艸`)

ただ、もっと頑張っても近江一国は無理だったと思います。

何故なら近江は守護職だった京極の本貫地。家康は近江に京極を留めることはしないでしょう。

他の元守護職の武家も、本貫地からは引き離してますからネー(*´・д・)(・д・`*)ネー



とにかく、この戦闘意欲抜群・元気な17000の猛者たちを、関が原本戦に投入できたなら間違いなく西軍勝利は確実だった。
(勝つだけならね~大津攻め兵力あれば勝てるだろうけど~~~でも戦後処理で西軍は揉めるだろうなぁ^^;)

鎮西無双・立花宗茂は戦の勝利者でありながら、主戦場が敗れたために敗軍の将となったのだが、それは・またの話 by^-^sio

ブログ装飾画像~南洲さま
http://blogs.yahoo.co.jp/yuewannwann
兜、人物イメージ画像~橘朝臣幸麿さま
http://blogs.yahoo.co.jp/cfmjs676
家紋画像~ロンさま
http://blogs.yahoo.co.jp/kabiningen
相互リンク~ばんない様HPアドレス(戦国島津女系図)
http://shimadzuwomen.sengoku-jidai.com
参照先
(しいまんづ雑記旧録←戦国島津女系図の別館です)
URLが弾かれるので貼れません~興味ある方は検索してください^^
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時乃★栞

Author:時乃★栞
筑前・筑後・肥前・肥後・日向・大隅・薩摩に気合いバリバリ。
豊前は城井と長野が少し。豊後はキング大友関連のみ。

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