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【2)鍋島の鍋島による鍋島のための官制軍記物】

別名「北肥戦誌」。本姓・・・じゃなかった正式名「九州治乱記」。
「治乱記」と名付けたのは編纂を命じた佐賀藩・5代目藩主、鍋島宗茂です。

2代目藩主、光茂の15番目の庶子という出自から世嗣となり藩主となり、財政改革を進めた。
時は名君と謳われた8代目将軍・吉宗の治世であり、鍋島宗茂と同じく庶子から藩主・・更に将軍に上り詰めた徳川吉宗の経歴が、鍋島宗茂と何となく被る^^

旧主・龍造寺一門を大身家臣として抱える佐賀藩。
本来なら宗茂の味方であるはずの親類三家(小城、蓮池、鹿島)ですら、宗茂の出自を軽んじ宗茂の藩政掌握を困難なものにしていた。
5代目・宗茂は彼らを抑える為、鍋島嫡家の相続者として自身の正当性をアピールすることは、絶対に必要な政治課題でした。
九州治乱記(北肥戦誌)の編纂は、そのような背景の中で編纂された。

つまり鍋島の鍋島による鍋島のため~~~「官制の軍記物」です。
九州治乱記(北肥戦誌)の特徴として「年代推定の根拠として収集した古文書をあげていること」です。

自分も読んでて感じますが、軍記物にありがちな誇張した表現は少なく、事実を淡々と書いてて軍記物っぽくないです^^
とはいえ、たまに「首だけで動いた魔法使い」とか「木の葉隠れの術を会得してる」とかって武将が出るのは御愛敬(*´pq`)クスッ

論文の著者・野口氏によると、こうした実証的姿勢が全てにおいて貫かれている訳でなく、
葉隠に載ってる逸話と九州治乱記をリンクさせてるように「鍋島氏にとって都合が良い歴史認識が混在している」そうです。
それは読んでて何となく感じてたでつ (゜゜)(。。)(゜゜)(。。)ウンウン
ちなみに葉隠と九州治乱記は成立年度は同時期なんですって ( ̄ko ̄)

とにかく「九州治乱記(北肥戦誌)」は佐賀藩において鍋島氏の歴史に関する基礎的史料となっており、
歴史考証に「九州治乱記」そのものが使われてます。

でもって、それは平成現代でも続いており、シオが肥前戦国史を紹介する上でのベースにもなってます。
えっと・・・つまり北肥戦誌ベースから派生した3次、4次史料が氾濫してて、北肥戦誌より精度が高い史料を一般では入手するのは困難なんです。

自分は北肥戦誌を鵜呑みにせず、必ず裏付けをとります。
これは誰かに言われたわけじゃなく、単に自分の性格(凝り性)からです^^;
地名・地理・地形、登場する武将たち・・・とにかく気になったもの自分の戦国アンテナに引っかかったものは、片っ端から検索かけます^^;

で、調べた事はマイデータに__φ(.. ) メモメモするんですが、忘れないように(忘れても大丈夫なように)調べた事は全て記事にもします。
それで肥前戦国史連載が、ものすごい長さになってしまいました^^;

とはいえ素人なんで、本当の意味で裏付け(一次史料による再検証)がとれる訳じゃないです。
が、とにかく出来る範囲で自分なりに調べます。

そうすると「おお!北肥戦誌と同じだ~」ってWEBデータが見つかりホクホクしてると、そのWEBサイトの出典が北肥戦誌なだけだったりする^^;
北肥戦誌は肥前の歴史研究において、それほど比重が高い書物だったのだが、それは・またの話 by^-^sio
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テーマ : 歴史
ジャンル : 学問・文化・芸術

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時乃★栞

Author:時乃★栞
筑前・筑後・肥前・肥後・日向・大隅・薩摩に気合いバリバリ。
豊前は城井と長野が少し。豊後はキング大友関連のみ。

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