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ロ)袖判下文---(1)下文---古文書学のススメ

武家様文書の形式です。
鎌倉初期の成り立ちから順番に行ってます^^;

おさらい
1)下文~くだしふみ~
 ウィキペディアより
 上意下達を目的として平安時代中期以後に、
 上位の機関(官司とは限らない)から下位の機関もしくは個人にあてて出された命令文書のこと

イ)奥上署判下文
 頼朝さんは、初め(政所が出来る前ね)日付の次の行の上部に「前右兵衛源朝臣(花押)」と著判して下文を出してたそうです




ロ)袖判下文
 文書の右部分(袖)に花押を書き、差出書(人)を書かない下文

これも鎌倉初期のものが現存してまして、要するに未だ政所が開かれてない時の書状です。
文書そのものは、右筆が書き頼朝は花押のみ署します。
従って(イ)の奥上署判下文より、更に上から目線・・・上位者が発給する文書形式です。
実際に袖判下文を発給する前に、頼朝は朝敵を免ぜられて任官してるそうです。

ちなみに現存してる文書というのが、御重物・・・すなわち現在国宝指定されている「島津家文書」の一つです。
惟宗(島津)忠久が地頭職に任じられてます。

佐藤進一著「古文書学入門」には、現存文書の写真が添付されてます。
ほ・・・ほんまもんだ・・・'`ァ'`ァ'`ァ(;´Д`)'`ァ'`ァ'`
こ・・こりが島津氏歴代当主の証として、現代まで受け継がれた文書の一つ・・・'`ァ'`ァ'`ァ(;´Д`)'`ァ'`ァ'`

ちなみに惟宗(島津)忠久さんには、頼朝の隠し子って噂が・・・(._+ )☆\(-.-メ)オイオイ




入門書を読んだからといって、変体漢文や変体仮名が急に読めるようになる訳じゃないけど、
文書形式に慣れれば、読解力がアップするのは確かです。
ていうか、ベースの基礎知識だから、これが頭に入ってないと話にならない。

初めはチンプンカンプンだったけど、文書(現存写真)と解説を見比べながら繰り返しガン見してたら、何となく何とな~く頭に入ってきました。

まだちとウロ覚えなんで、もうちょっと袖判下文とニラメッコします^^

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テーマ : 歴史
ジャンル : 学問・文化・芸術

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