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龍造寺家文書_107_大友義鑑判物

お目目養生で暫く(以下略)
久々の古文書読み下しは永久保存文書たる判物でござる(`・ω・´)キリッ



筑後国之内百町分坪付在別紙之事、
 ※筑後国の内100町分(坪付 別紙在(あ)り)の事、

預進之候、可有知行候、恐々謹言、
 ※これ預進(よしん)候、知行有る可(べ)く候、恐々謹言

(天文五?)七月九日           (大友)義鑑(花押)
 ※類推より天文5年=1536年、7月9日   差出=大友義鑑(宗麟のパパン)

龍造寺民部太輔殿 
 ※龍造寺胤久

---語句解説---

坪付---大名が家臣に与えた知行目録

《預進之候、可有知行候、恐々謹言》
この部分は書止めの定型文だったみたいです。
大友義鑑は、この文書以外の判物でも、同様のフレーズを用いてます^-^

★★★感想とかとか★★★★★★感想とかとか★★★★★★感想とかとか★★★

古文書入門で判物の解説したのは、これがあったから^^;

書止めが「~候、恐々謹言」で「月日のみで年号がない」のは、書状の特徴なんですが、
内容が領地安堵に関する事で、かつ知行目録も添付されている事から「判物」に分類されます。

公的性質である安堵状ですので、年度は必須です。
が、この判物には年号がありません。

と、言いますのは「キング大友クラスの大名になると、実務執行のための奉書がセットで伴うからです。
(※奉書=政務や裁判など事務手続き上における伝達文書)
安堵された土地が何処かとか、権利関係は奉書に記載された年月日から有効となります^-^
この判物に年度がなくても、類推できるのは奉書が発行されているからなのネー(*´・д・)(・д・`*)ネー

この1536年に少弐資元が大内勢の攻撃を受けて自害します。
龍造寺胤久は、少弐資元自害の直前に大友義鑑の被官になったんです。

これを、どう解釈するか・・・悩ましい・・・(-ω-;)ウーン(-ω-;)ウーン
堀本氏の論文を再読しよ♪
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テーマ : 歴史
ジャンル : 学問・文化・芸術

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筑前・筑後・肥前・肥後・日向・大隅・薩摩に気合いバリバリ。
豊前は城井と長野が少し。豊後はキング大友関連のみ。

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