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IFの杜/家譜か家伝か由緒か伝承?前編

初めに今回の記事は史実ではありません。
自分の戦国知識総動員してアレコレ推測を楽しむIF(仮説)世界です^^
想像IFバナですので、この記事からの転載・引用は不可
歴史に関するIF話が苦手な方はスルー推奨。

元出典の記載がない大河平氏に関する郷土史の書物「物語り 大河平氏」と「諸県興亡」。
いくらなんでも全くゼロから創作ではないと思う。(アレンジはしてるだろうけど)
というのは現地には、大河平氏子孫が平成現代もお住まいだからです。
(と、なると家臣団子孫も現地在住してる可能性も高い)
だから執筆前段階の取材で何がしかを参照してると想像してた^^

なぜなら、大河平氏に関しては「えびの市史」と「物語り 大河平氏」と「諸県興亡」の内容がほぼ一緒だから。
市史は現段階における通説になるもので、小説じゃない。
従って想像で書くことはない。記載してなくても何がしかの元出典は必ずあります。

で、自分の想像なんですが、元出典を記載しない理由で有り得そうなのって言うと、ズバリ「個人所蔵」
更に想像する元出典所有者が「自分が持ってるって情報公開する許可が出てない」
というのが元出典記載がない理由として、一番妥当な仮説じゃないかな~って^^
特に昨今は個人情報取扱には厳しいので猶更かな~って(´・д・`)

で、ここから更に元出典をIF妄想してみる ムフフなタイム(人´∀`).☆.。.:*・
資料提供して下さる監修様が「一次史料で今城合戦の詳細を見かけたことない」と言われてました。
自分も「探しても出ない、と想像」してた。

ウィキペディアで大河平隆次(今城合戦時の当主)を検索すると判るけど、今城合戦は城側が討死玉砕してるんです。
「当事者全員死亡」で、一次史料があったら執筆者は幽霊です,;.:゙:..:;゙:.:: (゚∀゚ゞ)ブハッ!
ですから、必然的に残る資料は全て二次資料であり、
二次資料を元にした(と想像)だろう「えびの市史」と「物語り 大河平氏」と「諸県興亡」は三次資料か四次資料になります。
それを紹介するシオは五次か六次資料(って言い方になるか?)なのね^^/

二次資料であっても、一次史料に準ずるほと精度が高いのは「当事者から見聞きした話」です^-^
どこの城にも兵士だけでなく、下働きの者たちが必ずいます。
武家じゃないから玉砕メンバーにはカウントされないし、参加もしないで逃げます。
籠城側が「もぅダメぽ・玉砕しかないのねー」となった時、彼ら下働きの者を逃がすだけでなく、
数日後には遺族となるであろう妻子に、形見の品や経緯を書いた手紙などを託します。

玉砕した城なのに、当時のやりとりが残っているのは、そういう裏事情が往々にしてあるからです。
ところが、やっぱり討死した御本人直の口伝とかじゃないから、江戸期に子孫による美化補正が絶対ある^^;
美化補正の例として
九州における玉砕した合戦で最も有名な「岩屋城合戦(島津VS大友家臣・高橋紹運)」。
やはり大河平氏の今城合戦のように、降伏勧告あって城側拒否の戦国ファンの心躍る名場面があるのですが、
実は・・・・その遣り取りが記録されてるのは、籠城側の江戸期編纂二次資料のみでして、
島津側の超ハイスペック高精度・一次史料「上井覚兼日記」にないんですよ・・・il||li _| ̄|○ il||lロマンガ壊レタ音ガスル

だから自分で自分の夢を壊してるけど、今城での「降伏勧告⇒カッコ良く拒否」
何がしかの子孫補正がかかってる可能性は否定できない。
いずれにせよ当事者が全員討死している以上、史実が詳らかになる日は無いわけで、
江戸初期~江戸中期に編纂されたであろう、家譜か家伝か由緒か伝承だけが頼りなのだ。

本文よりIF(想像仮説)の方が長くなるのは、シオのクセなんだが、それは・またの話 by^-^sio


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テーマ : 歴史
ジャンル : 学問・文化・芸術

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時乃★栞

Author:時乃★栞
筑前・筑後・肥前・肥後・日向・大隅・薩摩に気合いバリバリ。
豊前は城井と長野が少し。豊後はキング大友関連のみ。

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