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鍋島氏出自の事

===宇多源氏説===
出典---『鍋島系図・経秀の条』---未確認
出典---『北肥戦誌・永徳年間(1381~84)』---未確認

※年代的に専門外のため、今後においてもリサーチはしない事とする

===藤原姓少弐氏説===
出典---『歴代鎮西志・上巻652頁(文安2年)」
原文---該当部分読み下し
司馬卿(少弐)教頼 対馬より帰る。
或いは松浦に如き或いは小城に如き旧好の者に其の?て、本懐を達せんと相に議たる。
是に於いて鍋島道樹の家に居偶す。
道樹、其の女(道樹の娘)を妾と為すと。
道樹は肥州鍋島の邑(或いは本庄)に於いて宇らり。

鍋島道樹=鍋島経直(つねなお)
大内に敗れて肥前に亡命してきた少弐教頼に、己の娘を妾として差し出した。
教頼と鍋島経直娘との間に生まれたのが鍋島経房(つねふさ・鍋島直茂の曽祖父)とするのが藤原姓少弐説。

考察
歴代鎮西志には、娘を妾に差し出したとこまでで、子供の事には触れていないので、
この他にも藤原姓少弐説の典拠となった史料があると推測される。
また、歴代鎮西志編纂者が何を典拠に記述したのかも不明。
上記の鍋島系図か?|壁|・ ̄)じぃー
また、北肥戦誌には藤原姓少弐説に由来するような記述はなし。

宇多源氏説・藤原姓少弐説の双方に共通しているのは、一次史料がないこと。
従って、明確に論証もできない代わりに、完全に否定することも出来ない。

野口朋隆「先祖の戦功を巡る「御家」内の動向について」によると、
5代目藩主・鍋島宗茂公の頃になると「先祖は藤原姓少弐氏」説が、佐賀藩内でも疑問視されてた。とある。
引き続き同論文によると、
九州治乱記(北肥戦誌)は「葉隠」とリンクさせて記述することによって、
鍋島氏が少弐氏を引き継ぐ存在であるとする主張が潜んでいる。とも論じている。

歴代鎮西志の正確な成立年度は不明で、ザックリ江戸中期。
論文の説に従って類推すると、鍋島氏の出自・藤原姓少弐説が・・・ゴニョゴニョ
藩内で眉唾疑惑な空気を読んで、娘を妾として出したとこまでしか記述しなかった・・・というところか?
他史料との比較検証をしていないので、類推の検証不可。

鍋島氏の出自に関しては、今後も研究テーマにはしない。
だって論証も何も結論の出しようがない無限ループだから^^;
ただ少弐教頼が、ギリ戦国初期の人物の為、肥前に関わる参考データとして一応記録する。
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テーマ : 歴史
ジャンル : 学問・文化・芸術

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Re: No title

このあたり、ほぼ伝承の世界ですね^^

まぁ小さな豪族だったころだろうから、証明するものもないだろうな^^

No title

家にもらった系図あります。
長岡伊勢守経秀が山城の国から下向
鍋島村に住み着いたと書いています。

どこまでが本当か分かりませんが。























プロフィール

時乃★栞

Author:時乃★栞
筑前・筑後・肥前・肥後・日向・大隅・薩摩に気合いバリバリ。
豊前は城井と長野が少し。豊後はキング大友関連のみ。

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